トップページ | 2008年10月 »

2008年9月

2008年9月30日 (火)

物語(6)--遅ればせながらの自己紹介

|君はどんな人間になりたいのかな?
|自分の幸福のためにどんな努力をしている?
|仕事とは何か?
|自分にとっての仕事とは何だろう?

加藤さんに色々言われたことを考えたり、バイトとは言え、明日からの新しい仕事と職場は緊張する。

僕はその夜、なかなか寝つかれなかった。

--仕事とは何だろう?
たしかにギャンブルで生活費が稼げたとしてもそれは”仕事”とは言えない。
仕事というのは何か社会に役立つことだろう。
そう思って振り返ると10年前の僕を思い出した。

ここらで僕の自己紹介をしておかなくては。

名前は金田健一。年齢は30歳っていうのは前に言ったと思う。
僕の母方のおばあちゃん(ハルモニ)は韓国人。つまり母はハーフ。
そういう意味では僕はハーフより血が薄い、いわゆるクウォーターなんだけど、
国籍は日本だし、今までそんなことは意識したことはない。

中学の頃、放送部だった。(一応、部長だった)
その頃の僕は(今でもそうだけど)音楽が好きで、古いステレオをもらってきて配線した。
放送部でも運動会や学校行事の時にアンプとデッキ、スピーカーを当たり前のようにつないでいた。
「電気に詳しいんだね」たまたまそばにいた担任の先生が言った。
詳しいんじゃなく、ただ繋いでいるだけなんだけど・・・
後から知ったのは普通の人?の中にはステレオの設定ができない人がたくさんいる、ということだった。
音の道順なんだからLINE AUTOって書いてあるんだからLINE INに繋げば良いだけじゃん、と僕は思ったのだが・・・
でも同級生から「アンプって何?」って聞かれて、やっぱり知らない人がいるんだと思った。

それから何となく、僕が放送を任されるようになって、(今から考えると)いろいろ便利に使われた、のかな?「放送は金田にやらせろ」って先生たちの間でもなったらしい。

放送部の僕が一番に頑張ったのは学校行事の時だった。運動会とか生徒総会とか放送が必ず必要だから放送室にあるCDを一応全部聞いてみて、どれが良いかな?って検討して、何度も確認しながら、マイクのボリュームを調整したり、タイミングを見計らって自分が選んだCDをかけたりした。結構好評だったと思っているけど。

中学の成績はあまり良くなかった。だから僕の放送部の活動(活躍?)を見て、進路相談の時に担任の先生は(偏差値が低くても入れる)
「**工業高校の電気科が君に向いていそうだ」と薦めてくれた。
その時の僕は、どこの高校に行きたい、とかより、そもそも「高校に行きたい」という考えもなかったし、親も、「その高校を受けてみれば?」という軽い気持ちで受験しただけでその高校に入った。

入ってみて判ったのは(って、入るまで考えてなかったんだけど^_^;)、工業高校というのは、将来、工業の専門の仕事に就くために必要な職業訓練のような授業をするところだったということだ。
電気は好きだったけど、「将来は電気の仕事に就きたい」とか、何もなかったので
はっきり言って、高校時代に勉強はしていない。授業中は寝ていたか、机の下でマンガを読んでいたくらいだ。

それでも高校3年の時に、「電気科を出て電気工事士の資格もなければどこも就職ない」なんて先生たちも(その先生たちに煽られた?)同級生もいうもんだから、
あわてて電気工事士の国家試験の準備をするはめになった。
三相交流とか絶縁抵抗とか、眠りながらでも、2年もの授業で聞かされたので、さすがに知識としては合格するくらいは持っていていたが、
問題は実際に工事ができるかどうか、だ。
で、仕方なく、放課後とかせっかくの日曜日に(今思えば先生たちが必死に設けてくれたんだ)直前の実技試験のための授業を受けた。

結果:合格

それで、学校に来る求人広告をみて、良さそうな会社に応募、卒業して無事に就職できたけど、電気工事は天気次第、急ぎの仕事が入ってくれば彼女との約束も関係なしの残業(おかげでそのときの彼女と別れ、今は彼女はいない)
残業手当もやった分だけつけてもらっていない、ということが繰り返されたので文句を言ったら「気に入らなければいつ辞めてもいいんだぞ、代わりはいくらでもいる」と言われて頭にきて辞めた。

それから「理想の職場」という幻想はなくなって、ずっと定職に就かずアルバイトをしている。

まあ、僕の略歴はこんなものです。
さて、明日からの仕事、何日持つかな?

加藤さんには悪いけど、「気にいらなかったら半日で辞めよう。」と
決心したら、なぜか落ち着いて朝までぐっすり寝たようだ。

書評--絶対テンポ116

「幸せを開く7つの扉」片岡慎介・他著/ビジネス社/¥2500

この本はDVDブックである。

本文はわずかであるし、テンポ116の説明よりもチャクラの説明がほとんど。

だが富士山専門の写真家のとてもきれいな映像と共に流れるテンポ116の音楽に多くの方が癒されると思う。工夫してあるので静止画像の写真でも飽きることはない。

これを気に入って

「ツキを呼ぶ魔法の音楽絶対テンポ116」同著者

(この本もCDブックである)を購入した。116/分のテンポがもっとも癒されるというようなことが書いてある。

我家で付属のCDをかけていると確かに心地良い。

残念なのは付属のCDの中は「テンポ116」とか「テンポ58」の紹介が多くて(わずかでも音楽の心得がある人には周知の事項なので)ずっと部屋に流しておける音楽が最後の1曲しかなかったことである。ただし、それが20分余り収録されていたので、まあ良し、というところかな?

問題点としては、ネットを検索すると、別のところでテンポ116のCDを発売しているようなのだが定価が¥3000とお高めなので購入するかどうか、と迷っているところ。

いずれにしても、音楽としては(BGMとしては)優れていると思います。

書評--祈りの法則/グレッグ=ブレイデン

祈りの法則 ~失われた古代の祈りの秘密~ (単行本)
グレッグ ブレーデン (著), 穴口 恵子 (監修), 志賀 顯子 (翻訳) \1500

この本の著者は「聖なるマトリックス」のグレッグ ブレーデン(ブレイデンで検索しないとamazonではNG)
訳者はおそらく英語で生活している人なので、申し訳ないが日本語力が足りない。
言葉の順序を入れ替えるだけで読みやすくなる箇所が多く目につく。
「聖なる癒し」を訳した 穴口 恵子さんが監修したにしてはそのあたりが残念である。
おそらく忙しかったのであろう。

ともあれ、翻訳はamazonでもかなりの悪評だが、内容は一読の価値はある。

「祈り」の定義とその力、「祝福」の定義は類書にないものだろう。

「祈り」によって、あるいは「祝福」によって人生を変えられると思う方には説得力があると思われる。

2008年9月27日 (土)

物語(5)--仕事とは?

美味いトンカツをご馳走になって、ただ「美味い」と思っている間の僕は確かに幸せだった。
そうやって考えてみると、僕の好きなラーメンだってカツ丼だってそれほどの値段ではない。
ファーストフードで朝食を食べて、昼にラーメンとか丼物を食べて、夜には定食か何かを食べても3食で、¥3000かかることはない。
あとは家賃と光熱費を入れて、自給¥1000のアルバイトをずっとやっていければ困ることはないだろう。
でも僕の今の問題はその¥1000のアルバイトが見つからないことだった。
正確に言えば、やりたくないアルバイトはたくさんあるのだけれど、やっても良いバイトは既に他の応募者が
いたためか、断られているのだった。

そんなバイトよりは”用務員みたいなもの”の方がやりたいかも知れない。
そう思って僕は加藤さんにまた連絡して逢ってもらった。

加藤さんの説明の”用務員みたいなもの”は雑用のすべてをこなさなければならない、という意味で、何らかの技術を持つことも雑用の必要条件に入るらしく、資格を何か持っていなければ、という。
そういう意味では、僕は工業高校の電気科を卒業しているので電気工事士の資格だけは高校で取らされたので持っている。
高校を卒業してすぐに小さな電気工事の会社に入ったのだけど、仕事がきつくて1年で辞めたのだった。

「電気工事士は持っていますけど、使うんですか?」と僕は聞いた。
--雑用の全てが降りかかってくるからコンセントが壊れたとか--まあほとんどブレーカーが落ちているんだけど、蛍光灯が点かないとかの雑用も対応するんだよ。
1日中電気工事をする仕事はイヤだけどそれくらいならいいや、と僕は思った。

どうせアルバイトだし、イヤならいつ辞めても(1日で辞めても)構わない。
そう気楽なことを考えていると、また不意打ちの質問をされた。
--アルバイトで入るにしても聞いておきたい。君にとっての”仕事”とは何?
仕事とは何か、だって?
「生活費を稼ぐ手段です」
--じゃ金を稼げれば何でも良いのか?
--もちろん、強盗とか窃盗とかいう犯罪を言っているんじゃないよ。
--ギャンブルでも良いのか?ということ。
競馬で小遣い稼ぎしている友達もして悪くはないと思うけど。
でも、少しはやり甲斐っていうものがあるかも。
--じゃ、生活費を確保できる電気工事の会社をどうして辞めたの?
「それは・・・働くのがきつかったからです。あと、社長が威張りすぎていたのもあるけど。」

また、追及の質問があるかと心配していたのが僕の顔色に出ていたのだろうか?
加藤さんは笑いながら言った。
--それでは、少しのやり甲斐を感じて、あまり身体がきつくなくて、上司が威張らなければ良い訳だ。
うーん、もっと他にも条件があるような気がするけど・・・
--あ、時給ね?時給はさしあたって¥1000。
それならアルバイトとしてそれほど悪くない。
とにかく、明日からでも生活費が必要だ。
--辞めたければいつ辞めてもいい。
その言葉で僕は次の日から加藤さんの職場でバイトをすることに決まったようだ。

(「決まったようだ」というのは加藤さんがこれから行く職場にいくつか連絡を入れてくれたからだ)

自分にとっての仕事とは何だろう?

--続く

スピリチュアルに生きる(7)--本当の自分

話を分かりやすくするために、街でよく見かける酔って道ばたで寝ているホームレスとおぼしき人を例にとります。
彼らは最初からホームレスだった訳ではありません。地方から上京し、仕事がなくなったり、会社が倒産し、と事情は様々でしょうけれど、彼らにも理想の生き方や幸福観があったはずです。
しかしうまくいかなかった。それで家族に送金もできず、家族に逢わせる顔もなく、連絡をできずにずるずると時間が過ぎてしまった。(こういう時にどう対応するかが境目なのですが)チャンスがあれば社会復帰したい、と思っているはずです。

☆ここではホームレスの方をさげすんでいるわけではありません。日本の社会保障・失業対策などはあまりにも遅れており、弱者には厳しいです。失業した際のその人の働く意欲を生かす有効な制度させ確立されていればそういう方たちは失業せずに済んだはずです。機会さえあれば私としてもホームレス支援の仕事をしたいと思っています。☆

さて、ここで自分のことを、振り返ってみましょう。(理想の生き方を貫いている方はここを読む必要はありませんし、ここまで読んでいないと思いますので、理想どおりに生きていない、ということを前提に話を進めます)

ここであなたの本当の姿は?と質問したいと思います。
それは今の姿ですか?そうではありませんよね?
あなたの本当の姿、と言うときに、あなたの理想や夢が満たされた生き方をしているのが理想のあなたなのではありませんか?
子どもの頃、夢に描いていた「大きくなったら・・・・」というのが本当のあなたではありませんか?
今、不都合や上手くいかないことがあっても、自分の理想の姿は別にあるのでしょう?
以上を踏まえてあなたのご両親(健在か否かを問いません--育ての親が別にいる場合は育ての親、片親の場合はその方となります)の「本当の姿」を考えてみて下さい。あなたが批判していた現実の姿でなく、ご両親の持っている(いた)「理想」です。あなたを真剣に叱った時、どんな子に育って欲しいか、としっかり伝わってきた時の理想です。

ここで現実の生活を傍らに置き、ご両親二人の”理想”がかけ合わさった時、どんな理想が作られるか、想像してみて下さい。
ご両親が理想の生活をされて、理想の子どもを育てようとしたとき、その「理想の子ども」の成長した姿はあなた自身の「理想」と重なりませんか?
実はあなたの理想の部分はしっかりご両親から育てられていたのでした。自分の子どもが誰よりも理想の姿に育てたいのですから。(しかし残念ながら教育法についての知識はなかったかも知れません)

それがあなたの最も大切なものではないでしょうか?
だから、物理的な・現実のあなたが本当の姿なのではなく、目に見えない、崇高なものが本当のあなたの姿であることを納得していただけましたか?

現実を思い煩うのでなく理想に向かって邁進するのです。現実にグチをこぼしていても何も得られません。

あながた好きなのは「現在のあなた」でなくてあなたの理想の姿ですよね?
ならば自らが理想とする「本当の自分」のために生きてみませんか?

2008年9月25日 (木)

物語(4)--僕は幸福になるために生きる

それから数日後、加藤さんのお宅にお邪魔した。
部屋にはクラッシクでもない、何とも気持ちのよいヒーリング音楽が流れていた。

世間話の後、僕は
|「生きる目的も忘れて生きているヤツはもっと問題なんだよな」
僕はこの答えを用意していたので言ってみた。
「人間は幸福になるために生きているんだと思います!」

ーーそうだよね。そのために君は今、何をしている?
予想外の答えに咄嗟に反応できなかった。少し頭がクラクラした。

--質問を変えようか?今、自分の幸福のためにどんな努力をしている?
それにも僕は答えの用意がなかった。
しばらく沈黙していると加藤さんが言った。

--じゃ、たった今、この瞬間だよ。どんなことをしたい?
「正直に言ってしまうと、ごめんなさい。生きる目的を探したいとか、難しい質問に答えたい、とかでなくて、
お腹が空いているので何か食べたいです」
--つまり、今の君にとっての幸福は昼飯だね。何か食べたいものはあるかな?
「何でも良いです。ここ数日カップラーメンしか食べていませんから」

加藤さんは「お金の心配はしなくて良いから」と言って僕を昼食に連れて行ってくれた。
--ここのトンカツは美味いんだよ

店に入ると、加藤さんはメニューの中では一番安い”トンカツ定食”を2つ注文した。
定食が出て来た。
僕は「ご馳走になります」と頭をさげて食べた。
本当に美味しいトンカツだった。味噌汁もダシがとてもよく効いていて本当に美味かった。
メニューには¥200高いがヒレカツ定食もあった。ここのヒレカツ定食を食べてみたい。

食べ終わると加藤さんが言った。
--食べている間は、過去の辛いこととか将来の心配とかしないで、食べていてただ満足だったよね
確かにそうだ。食べている途中では食べることしか考えていない。
--食べている間は幸せだったよね?
それはそのとおりだ。
--だから君は幸せだったんだ。今日は僕の奢りって言ったよね。だから僕のお金で少しの間でも君が幸福になって僕は嬉しい。

加藤さんは幸福とは何か?のヒントにそういう問答を用意していたのだろうか?

--いつでも食べたいものを食べられるって幸せの一つのバロメータだよね。
「そうかも知れません」
--だったらそうなればいい。
それができないから困っているんじゃないか・・・・1週間後までにバイトが見つかるだろうか?
「でも、分かりません。バイトもなくなったし、食べたいものを食べるどころか・・・」

--ウチの会社でもアルバイトの求人募集があるよ。連絡してくれればすぐに次の日から稼げるよ。前に言ったように用務員みたいなものだけど

もう少し探してどこも見つからなければ加藤さんに連絡しようと思った。

スピリチュアルに生きる(6)--外部に惑わされない

TVを見ているだけで怒る人がいます。
・どうしてこんな事件が起こるんだ。
・こんなにつまらない番組を放映するんだ。
・あんなヤツはTVに出るべきでない。
・あの政治家のせいで世の中は良くならないんだ。

そういったところで、あなたは他の人の行動を変えられません。
それなのにどうして他人を批判してしまいたくなるのでしょう?
社会的なことは、通常はあなたには変えられません。
変えられないことを嘆いたり、批判したり・・・・

あなたは楽しんだり、情報を得たりするためにTVを見ているのでなく、怒るために見るのですか?そしてそれは幸福ですか?
暗いニュースばかりでイヤになったらニュースを見ない、という選択支はないのでしょうか?
ニュースを見ないと情報に遅れる?それはあなたを幸福にしてくれるための情報でしょうか?
同じ時間ならもっと楽しい番組を見る、とかTV以外に貴重な時間を費やすということはいかがでしょう?

そうして、職場にいても腹が立つことが多いかも知れません。

そういったことは、通常はあなたには変えられません。(変えられるならそうしてください)

これらは実はこの連載の「(3)誰のために生きるのか?」の裏返しにもなっています。

特に好きな格好をしている人をあなたのセンスと異なるという理由で批判したり、贅沢な生活をしている人に腹をたてるのは最悪です。それはあなた自身がそういう立場に立つことはない、と自らの可能性を否定してしまっているのです。

日常の幸福感はあなたの「思い」から始まります。
見ることをに腹をたてる暇があるくらいなら、外界のことを何も考えずに自分のためのことを考えた方がずっと良い気分になれるのではありませんか?そしてそれが最も手っ取り早く幸福感を味わえるのではありませんか?
自分と価値観が異なることに腹をたてる習慣は放棄しましょう。

上記とは別に「正当な怒り」というものは存在します。
世界の平和を脅かすような発言や存在には怒って当然です。
ただし、建設的な方向から見る方が良いのです。
繰り返しますが、世界の平和を脅かす存在や、弱い人々の幸福を踏みにじる発言は、間違っていますが、それらを批判するだけでは何も生まれません。あたなが世界の平和や差別撤退のためにどうあるべきか、と意見と行動を伴っている場合です。こられは未来創造のための建設的・積極的なエネルギーを持った怒りだからです。

「世界」という規模で大きすぎるなら、もっと小さくしてみましょう。
あなたを虐げたり、幸福を脅かす存在を許すということは、あなた自身がそれを認めることになります。ですからそれらは受け入れるべきではありません。
ガンジーのように、あるいはM・L・キングのように、「真実は必ず勝利する」という確信を持って抵抗すべきです。
その結果はご存じのとおり、勝利をつかみとりました。

ここで、キング牧師の「I have a dream」を読んでみましょうか。
(英文・日本語文が参照できます)
http://dreamer1.hp.infoseek.co.jp/dream.html

あなたの”DREAM”は何ですか?

さて、話を戻しましょう。
かつて、あなたを苦しめた人、いじめた人、怒鳴りつけた人、罵声を浴びせた人など、いたかも知れませんが、それらはみな気の毒な人です。
なぜならそういう人たちは、そのような行動をとってあなたより優位な姿勢をみさなければ自分が維持できなかったのです。幸福でないが故に、人を悲しませたり、おとしめたりして「自分の方がましだ」と思いたかったのです。
本当に強い人は暴力をふるいません。本当に自分の考えに自信がある人は人におしつけたりしません。本当のお金持ちは人を騙して金を巻き上げたりしません。
あなたは幼児が同じことをあなたにしようとしたら本気で怒りますか?
同様に、あなたに上記のような行動をとった人は実際の年齢はどうあれ、精神的にとても幼いのです。他人に迷惑をかけずに自分の力で幸福になる能力がないのです。だから、本当に気の毒な人たちです。
小さな子どもがおかしな行動をしたり、あなたを批判したりしてもあなたは怒りを維持し続けますか?

そんな甘いものではない、という声もきこえます。ニューヨークの9/11テロ、地下鉄サリン事件などの被害者やその家族。怒るな、という方が無理な場合もあるでしょう。否定はしません。でも、怒っているだけでなく「二度とこのような悲劇が起きないためにはどうすれば」と、積極的な考えは持つことができませんか?そうしましょう。

上記のように、日常の周囲に起りうるあなたの感情の世界から世界の社会問題まで話を広げてしまいました。

これにより、あなたの視点が、日常の腹の立つことからより広い・高い社会レベルになるヒントになれば幸いなのですが。

2008年9月24日 (水)

物語(3)--生きる目的

最初に加藤さんに言われた言葉を僕はずっと考えていた。

|「生きる目的も忘れて生きているヤツはもっと問題なんだよな」

特に最初に逢った時のこの言葉が僕の中で引っかかっていた。
アルバイトをしている途中でも「僕は何のためにこんな
アルバイトをしているのだろう」と思いながら仕事に集中しないで、チーフから叱られることが何度かあった。

生きる目的?
そう、僕はただ、食うために生きているわけではない。
食うために生きるのだったら動物と同じだ。

それを考えながら、バイト先の人とか、街を歩く人とか、ファーストフード店にいる人とか
TVに出演するタレントとか、自分の親のことも考えてみた。
スポーツ選手があれだけきつい状況で頑張るのは何故だろう?
何度も試験に落ちるのに受け続けるのは何故だろう?
そして、僕の親があまり儲からない仕事を続けていた生きる目的って??

いろいろ考えて一つの結論になった。
「人間は幸福になるために生きている!」
頑張って働いている人だって、街を歩くのだって、スポーツ選手が苦労して練習するのだって
それをすることが自分の幸福のためだからそうするんだ!」

そう結論が出たら加藤さんとの会話が蘇った。まるで僕の結論を予想していたかのように。
|--僕はここ3年くらいはずっとアルバイトみたいなことをして食っています。
|「それで今、幸せかな?」

それと、加藤さんに言われたことを色々調べてみたら、確かに弁護士とか教員とかは大学を卒業していなくてもなれるのだった。
医者になるのに医学部を出ない方法がある、というのをしらべるのはネットでかなり時間がかかったけど、
確かに加藤さんが教えてくれた方法があるのだった。
だからといって加藤さんが「思いつき」というように医者になるのが夢だったことは一度もなく、
|今、どんな仕事にでも就けるとしたら何になりたい?」
っていう質問に対する僕の思いつきでない本当の答えは今はない。
ただ、漠然と大学を卒業しないとそういう仕事に就けないと感じていただけだ。

そうやって考えると、大学を出なくても、(つまり僕のような工業高校卒業でも)
就けない仕事がありそうだ、というと加藤さんから反論されそうな気がするので
そういう反論は調べてからするとして・・・

大切なのは「何になりたい?」ということだ。
僕は幼い頃、パイロットとか新幹線の運転手になりたかった。
「今、どんな仕事にでも就けるとしたら何になりたい?」
と聞かれても、今はパイロットや運転手にはそれほどなりたいと思わない。
今なりたいのは、何もコメントできなくても番組で1時間座っているだけでギャラがもらえる芸能人かな?なんて。
でも「そうなりたいか?」といわれると違いそうな気がする。
ともあれ、たぶん、子供の頃よりたくさんの仕事を見てきたせかも知れないが、特に今はなりたい仕事がない。それが正直な結論。

そうして色々考えてみると加藤さんの期待に反して
僕の結論は「楽して暮らせる仕事に就きたい」だ。

仕事と違うのは次の質問だ。
「君はどんな人間になりたいのかな?」
それも今まで考えたことない。
とりあえず、「どんな人間」って言われても今のままでいいや。
強いて言えば、「人に迷惑をかけずにできるだけ楽しく暮らせる人間になりたい」
というのが、僕の結論。

ということで、僕なりの答えが出たら、加藤さんにわざわざ「そんな報告をしなくてもいいや」っていう感じになった。

ただ、気になるのは加藤さんの仕事を聞いた時に「用務員みたいなもの」という返事だったこと。
”みたいなもの”というのは用務員そのものじゃないはずだ。一体何をしているのだろう。
それともう一つ気になるのが教員免許を取る方法でも弁護士になる方法でも詳しかったことだ。

普通の人はそんなこと調べないよな~、加藤さんって何者?
と少しの疑問を感じながらバイトを続けていたら2週間後に契約期限が切れて
それからはあまり割の良いバイトを探せなくて、それからも適当なバイトがなくて時間が空いた。
バイト関係でもほとんど期待しないけど、そして「もう逢わなくて良いや」と思ったので悪いけど、
加藤さんが適当なバイトを知っているかも知れない、という感じで僕は加藤さんに連絡して逢いに行った。

      ---続く

スピリチュアルに生きる(5)--自分の喜びのために行動する

好きな人と一緒に暮らせたら幸福です。
では、自分が自分を好きだったら最高に幸福ではないでしょうか?
あなたは自分が世界で一番好きですか?
嫌いだとしたら、その要素は何でしょう?
「どうして自分って失敗ばかりするのだろう」とか
「自分はなんて頭が悪いのだろう」とか・・・
あなたは世界中にたった一人しかない個性の持ち主です。
他人と比較する必要はありません。
Aさんは自分より、○○が優れている、とか、Bさんは△△ができるけれども自分にはできない、などと欠点を数えていて劣等感にひたっていては、幸福な感情は生じません。
ベートーベンは音楽の才能を花開かせましたが、スポーツ選手になれたでしょうか?アインシュタインが「文学大賞」に応募して、入選したと思えるでしょうか?誰にでもその人の生きる道があります。重要なのは自分らしく生きるということであり、自分であり続けるということです。
他人の価値観で生きていたら自分を生きているとは言えません。

あなたは幸福になるために生きているのではありませんか?
あなたにはあなたなりの幸福・夢・希望があるのではありませんか?
それに向かって邁進すれば、他の人の批判などは気にならないのではありませんか?
あなたが幸福でないとすれば、自分らしく生きているかどうか、自分を大切に生きているかまず疑ってみてください。

次に、自分に優しくしてあげてください。
もし、あなたに好きな人がいれば、その人のために何かをしてあげたり、何かをプレゼントしてあげたりしたいでしょう。
だから自分のために何かをしてあげるのです。
自分の喜びのためならば、毎日何かをすることができます。お金がかかることだとしても、金額の許す範囲で自分にプレゼントすることができます。最近、自分に何かプレゼントをあげましたか?
「将来のためにムダ遣いをしない」ように努力して、今を犠牲にしていませんか?「将来のために今は我慢する」というのは合理的に聞こえます。
でも不確定な”将来のため”とずっと心配していたら、あなたが幸福になれるのはいつのことでしょう?
”浪費”でない範囲で、自分を幸福にするため、というお金の使い方は、「今」も必要なのではないですか?今あなた自身が幸福になるべきではありませんか?
そもそもムダ遣いというのは自分の役にたたないもののためにお金を使ってしまうことです。
「将来のことはわからないけど、とりあえず今は幸福」という状態をつくるために、ちょっとだけお金を使って、一つでも自分がほしいものを自分にプレゼントしてみませんか?
実際にあなたの周囲にあるものは、あなたが自分のためにゲットしたものです。その中で一番すてきなものをゲットした時のことを思い出してください。あなたはそれをゲットした時に「浪費してしまった」と後悔していますか?それとも、喜びいっぱいでしたか?

”お金のかかること”は幸福になるための一つの例にすぎません。
もちろん、本当の幸福はお金では買えないものの方が多いのです。
自分の喜びのために、あなたはピアノが弾けるようになりたいですか?であれば練習しましょう。
外国語が話せるようになりたいですか?
「なりたい」と思っているだけでは話せるようになりません。
簡単な目標をつくりましょう。毎日10個ずつ単語を覚えましょう。1年後には3650の単語を覚えられます。とりあえず、それだけ覚えていれば、日常会話は概ねできるようになると思いませんか?
温泉に行きたいですか?であれば、行きましょうよ。忙しいのは理由になりません。ネットで検索すれば自宅からわずかの時間で行ける温泉がみつけられます。

”将来”といってしまうとどうなるか不安な要素が多いかも知れません。
でもあなたは「今」のためなら行動をすることができますし、ささやかでも自分の幸福のために明確な行動を起こすことは可能です。
さあ、今日の喜びを一つ増やすために今から何をされますか?

2008年9月22日 (月)

スピリチュアルに生きる(4)--あなたの幸福を数えましょう

あなたはこれまであなたを傷つけた人を未だに恨んでいますか?
おそらく、過去の辛かったことはいつまでも覚えていますよね?
でもそれは今のあなたの幸福にとって何の役にもたちません。

あなたは「今まで幸せでしたか?」と訊かれたら、あなたは上記のようなことを思い出すかも知れません
そして「今、幸せですか?」と訊かれても、「今」でなく「過去」のいやなことを思い出したりしていませんか?この場合の「過去」というのは10分前までのこととしましょう。たしかに10分前は既に過去となり、二度と戻ってこないのですから。
もう一度、お尋ねします。「今、幸せですか?」
自分の自由意志でパソコンの前でこの文章を読んでいるのですから、誰にも拘束されずに好きなことをしているのですよね?
「今、幸福か?」と訊かれたら、幸福なのではないですか?

過去はすべて記憶の中だけにしか存在しません。そして、「今」と訊かれているのに過去を思い出して、自分を評価してしまうようなら、次の作業が必要です。

次の事項を書き出して下さい。
(どうして書かねばならないのか---あなたは宝石や財宝を100こ持っていたらそのリストを作りませんか?宝石くらいでは作らない?では不動産を500件持っていたら、その記録をするでしょう?以下のものはあなたの大切な財産だから記録してみるのです。実際に書くのと頭の中で考えるだけとはこの場合は異なります)

1)あなたの好きな音楽を10曲書いて下さい。
 (もちろん10曲以上なら何曲でも構いません。--以下同様)
 あなたは今、好きな音楽を聞ける設備を持っています。--以下同様なので思いを馳せてください。
日々の生活のためだけに、2km離れた水飲み場に甕を頭の上に乗せて汲んでくる第三世界の人々は「ただ生き延びるのがすべて」であり、あなたのような宝物はありません。

2)あなたの好きな料理--美味しいと思うもの--を10種類書いて下さい。
 

3)あなたの好きな映画を10以上書いて下さい。映画をあまりみなければ好きなTV番組でも構いません。

4)あなたの好きな本を10冊以上紹介して下さい。マンガでも構いません。

5)あなたの好きな場所--旅行先でもどこかのお店でも、公園などでも構いません。

6)あなたの好きな人を10人以上、書いて下さい。恋人でも友人でも家族でも、逢ったことのないスターでも構いません。

7)あなたが持っているものでお気に入りのものを10以上書いて下さい。

8)あなたがやっておもしろかったことを10書いて下さい。

9)あなたが家族や友人や知人からしてもらって「ありがたい」と思ったことを10以上書いて下さい。

10)あなたのやりたいこと、行きたいところ、逢いたい人、など、何でも良いですから10書いて下さい。

さて、それぞれに10以上書いた後、考えてみて下さい。
今のあなたを形成しているのは上記(1)~(9)の90以上の事柄であり、それらはあなたの大切な財産(記憶・事柄)なのではありませんか?
つまり、あなたはこれまでに90以上の宝を手に(記憶に)入れているのです。

そして最後の10番目はあなたが持っている「希望・夢」という、これも大切な宝物です。
つまり、今のあなたは100個ものすばらしい宝を抱えながら生きているのです。

ではマイナス記憶も数えてみますか?
ざっと思いつくのは100より多いですか?

(100より多い方はコメントください。別の項目を設けてご相談したいと思います)

そうして、過去を振り返り、自分の今の境遇を考慮しながたカウントしてみると
あなたがこれまで生きてきた中でたくさんの宝物があるのではありませんか?

負の記憶や出来事をカウントしても絶対に取り返せませんし、今のあなたの幸福や未来にはほとんど役にたちません。(ほとんど、というのは教訓くらいには役に立つかも知れないという意味です)
だからこれまでの幸福を数えませんか?

そしてこれから数えるのはこれからの夢・希望です。

2008年9月21日 (日)

物語(2) 生きる目的/自分の可能性

生きる目的?そんなことはこれまで考えたこともなかった。
それにしても不思議なおじさんだった。買い物は105円の鶏ガラと29円のモヤシだけあれで何を作るつもりなのだろう?

どうも気になって、それから何度かおじさんと出逢った時間にそのスーパーに行ってみた。何度目か、そのおじさんとまた出逢った。
幸い、おじさんも僕のことを覚えてくれたようで、「よう元気か?」と話しかけてくれた。
「この前もらったブイヨン、初めていれてみたけどうまかったです。」
「そう、それは良かった」
「でも、おじさんはこの前。モヤシだけ買っていたのを覚えています。それでうまいものが作れるかどうか、ずっと気になっていたんです」

それからおじさんとの会話が続き、おじさんが加藤という名前だと自己紹介してくれて、最終的にはおじさんの家でモヤシの料理をごちそうしてくれることになってしまったので遠慮なくお邪魔することにした。

おじさん、いや、加藤さんの家は僕のアパートの部屋とあまり変わらないような6畳1間で狭いキッチンと風呂場・トイレがあるだけのアパートだった。その狭い部屋に本棚だけは3つもあり、宇宙とか、プレアデスとか、死後世界とか、エドガー・ケイシーとか僕がほとんどきいたこともないタイトルの本がずらっと並んでいたのに驚いた。僕の本棚は1つで週刊誌やコミックがほとんどだったりするのに。

一体、どういうおじさん、いや、加藤さんなのだろう?

そう思っていると加藤さんはモヤシの根と葉を一つずつ丁寧に取り始めた。
「ミカンはそのままでは食べられない。皮を剥かないとね。モヤシも同じだよ。
こうして食べるとごちそうになるよ」
全部の根を取り終わると、加藤さんは慣れた手つきでモヤシを炒めた。

そして僕に「さあ、食べなさい」と」差し出してくれた。
・・・「美味い!」
僕は生まれて初めてモヤシを美味しいと思った。

僕はますます加藤さんに興味を持った。
50歳くらいのおじさんがこんな狭いアパートで暮らすにはそれなりの理由か人生経験があったのだろう。
「加藤さん、聞いても良いですか?」
「ん?」
「今、お仕事は何をされているんですか?」
「用務員みたいなものかな。」
僕の用務員のイメージは学校にいたときの用務員さんだった。
でも加藤さんはそれとは違うような気がする。
どう言えば良いのだろう?とあれこれ考えていると加藤さんが僕に聞いた。
「君の仕事は?」
--僕はここ3年くらいはずっとアルバイトみたいなことをして食っています。
「それで今、幸せかな?」
幸せかどうかなんて考えたことない。とりあえず親に負担をかけないで暮らせているだけだ・・・
誰にも迷惑をかけていないのだから文句はないだろう。
そう考えている僕の気持ちを見透かすように加藤さんは言った。
「今、どんな仕事にでも就けるとしたら何になりたい?」
--うーん、社長とか弁護士とか医者かな?
「だったらなれば良い。社長なら一人から始められる。有限会社なら法律の条件をクリアすればすぐに社長になれるよ。
本当に弁護士になりたいなら司法試験を受ければ良い。医者になりたければなればいい。君はそのために何をしたのかな?」
単に思いつきで応えたのがそういう回答になると思わなかった。僕はそんなに簡単な言い方は他人事でおかしいと思った。
「だって、僕は高校しか出ていないんです。学歴もないのに医者や弁護士になれますか?」
--司法試験は大卒だけに受験資格が制限されていない。1次試験は一般教養だから大卒は免除されているが、高卒でも1次試験から受験すれば良い。ただ、大卒なら1次試験を免除されて有利なだけで門戸を閉ざされているわけではない。
大学を卒業せずに医者になりたければ、まず日本のように学歴制限のない外国で医師資格をとってからであれば日本の医師国家試験を受験できる。」
うーむ、僕が簡単に考えていたのより奥が深そうだ。でも学歴によって制限されている職業はあるよ。
--弁護士とか医師は大学出ていなくても良いとして、学校の先生なんかは大卒じゃないと駄目ですよね?
「小学校の教員は小学校教員資格認定試験で合格すれば教員免許が取れる。それで教員になっている人も多いよ。特殊学校教員も国家試験がある。大卒でなくてはいけないというのは君が自分の可能性に勝手に制限を設けているだけだよ。
--小学校とおっしゃいましたが、中学や高校の教師はやはり大卒じゃないと駄目ってことですよね?
「まず国家試験で高校免許を取得する方法として、珠算や柔道などがある。他の教科で高校教員免許を取りたいならまずは
教育職員免許法特例法を調べてみればよいだろう。例えば学歴に関係なく、第1級無線技術者の免許を持っていれば高校の「職業指導」という教科の免許が取得できる。それだけでは使い物にならないとすれば、それを足がかりに通信教育でも大学で必要単位を取得すれば他の教科の免許も取れる。

そういう世界があったのか・・と僕は思った。
これまで高校の先生なって大学を出ていないといけないと思い込んでいた。
加藤さんが教えてくれた方法なんて誰も教えてくれなかった、というより身近にいた人の誰も知らなかったのだろうし、僕も誰にも聞いたことがなかっただけなのかも知れない。
じゃ大学を卒業していないとダメというのは幻想だったのだろうか?
でも就職試験とかでは大卒限定もあるし・・・
いろいろ考えていると加藤さんは先ほどの質問をもう一度繰り返した。
--今、どんな仕事にでも就けるとしたら本当は何になりたい?そもそも学校の先生とか医者というのはさっきの思いつきだっただけだろう?君はどんな人間になりたいのかな?
そう聞かれて「ひょっとしたら自分の可能性を制限しているのは自分なのかも知れない。」と一瞬思った。
僕は即答できないかったし、加藤さんも、”ゆっくり考えてみれば”といった表情だった。

--また時間があったら遊びにおいで
という言葉に甘えて僕は加藤さんのケータイ(というか加藤さんはケータイは高いからとPHSしか持ってなかった)の番号を聞いておいた。

質問
「今、どんな仕事にでも就けるとしたら何になりたい?」

「君はどんな人間になりたいのかな?」

これまで考えたことなかったような気がする。

また僕が突っ込まれるにしても、上の質問に自分なりの答えを出せたら加藤さんに連絡してみようと思う。

スピリチュアルに生きる(3)-- 誰のために生きるのか

「こんな格好をしたら、恥ずかしい」
「こんな発言をしたら、みんなからどう思われるだろう」
「こんな生き方で世間からどう言われるか」
と、自分のやりたいことより、他の人がどう思うか、を優先する人がいます。
あなたの生活の基準は他人の価値観が基準なのですか?それとも自分の好みですか?
それでもしも他の人(という不特定多数の共通意見は存在しないのだけれど)に納得いくように過ごしたとして、あなたは満足ですか?
あなたが(近しい人を除いて)他の人の生活を全く心にとめないように、他の人もあなたの生活には関心はありません。

例えばお金がないのに無理して有名ブランドの高価なものを買う例があります。
それを本当に気に入って、自分のために購入するならそれは構いません。
でもそうでないならその分のお金を他に回した方が良いでしょう。

極端な例では「高価な食材だから」「高級レストランだから」というだけで、本当はあまり美味しく感じないのにその気になったりします。
本当に食べて満足できるのは、他の人の評価ではなく、自分の味覚です。
カップラーメンなんて本当のラーメンではない、レトルトカレーなんて・・・と言う人が多いでしょう。でも自分が本当に好きなら素直にそう思えば良いのです。

あなたが大切にしたい、と思ってあなたらしく生きることを批判する人は、その人自身も他人の価値観で生活している人です。
そして他の人の価値観を変えることはできません。
過ぎ去った時間と共に、変えられないものをあれこれ心配するのは時間の無駄です。

そして変えられるのは自分の未来と心です。
時間は、自分のより幸福な生活に役立てましょう。

本当に成功している人や真に幸福に生きている人は、最初の例で言えばこう反応します。
「多くの人があんな服装を好んでいる。でも自分は自分の好きなものを着るのが一番良い」
他の人の価値観で生きるのでなく、自分のために吸収すべきことを選びます。
「あの意見で学ぶべきことは?自分に参考になることは?」
「あの生き方を示して周囲をどう変えていけるだろう?」

大切にしたい相手との人間関係では
「嫌われないようにするには?」ではなく
「どうすれば相手を喜ばせることができるか」を考え、
落ち込んだ時には「どうしてこうなったのだろう」ではなく
「失敗を繰り返さないために次は何を努力するか」と考えます。

2008年9月20日 (土)

スピリチュアルに生きる(2)--幸福感を見直す

家の中にアリが入り込んできたらどうしますか?
追い出すか、殺虫剤を振り掛けるか・・・
それがネズミだったら?泥棒だったら?

口に含んだ瞬間に食べ物がおかしな味がしたらどうしますか?
まして毒物だったら?

さて、家や身体に有害なものが入ってきただけであわてて追い出すのに
あなたの心に有害なものが入り込んでいるのを放っておくのは何故でしょう?

心に巣食う有害なもの・・・
それは嫉妬・怨み・敵意・劣等感・イヤな思い出などです。
これらを抱えていても何の役にも立ちません。

誰かのせいで過去に悲しい思いや不愉快な思いをしたかも知れませんが、
誰かのせいにしているだけではイヤな記憶が蘇るだけで自分の幸福には何の役にも立ちません。

それらは放棄しましょう。

あなたを悲しませた・いじめた人・傷つけた人、
これらの人は覚えていてもこれからも決してあなたを幸せにしてくれません。
あなたの記憶にしまっておけばそれだけ気分が悪くなるだけでしょう。
未だに気にしているということは未だに傷つけられているのと同じです。
ですからあなたの大切な思い出から切り離してしまいましょう。

過去は変えられません。だから過去にこだわっている・現在の自分の境遇を過去のせいにしていると絶対に幸福にはなれません。
ましてグチを言っても何の解決にもなりません。せいぜいあなたの人生を変える力のない誰かが同情してくれるだけす。

それから劣等感・妬み・・・・
これらは持っていてもマイナス思考を助長するだけです。
そもそも劣等感とは何でしょう?
自分の価値観でなく他人の価値観に支配されることです。
たとえば外見を例にとりましょう。
自分は美男・美女でない、スマートでない、背が低い、など
これらは変えようとしてもどうにもなりませんし、変える必要すらないのです。
外見だけでもあなたは世界に一人の個性の持ち主なのです。
好みは人によって異なりますし、例えば最近のダイエットブームは不自然に思えて仕方ありません。標準体重が最も健康のはずなのに、
そういう方もダイエットを叫んでいるのですから。

そういった劣等感を抱いていても幸福にはなれません。
あなたが他の人との比較の中で生きる限り、自分の上が必ず存在しますので満足はありません。

さて、仮にあなたが自身の考える理想の体形・外見だとして、外見で判断してそばによってくる人と付き合いたいですか?
あなたが交際する相手・友人を選ぶ基準は外見ですか?
精神を向上すべく努力している人と、外見をより良くしようと努力している人。どちらと友人になりたいですか?

劣等感といえば経済状況も例にとりましょう。
金持ちを恨んでも絶対に金持ちになりません。
経済状況からいえば、どんなに収入が多くても「まだ足りない」と金儲けに目がくらんでいる人より、今の収入の範囲で満足できる人の方が経済的・精神的に豊かなのです。

昔、お金や自分の持ち物を貸して、そのまま返してもらっていない、ということも心の片隅にあるかも知れません。
それをずっと覚えている、ということは、あなた自身がそのお金や持ち物から解放されていないのと同じです。
ですからこれも切り離しましょう。
かくいう私も、知人にお金を貸したことをこの前まで気にしており、1年に1度ほど「まだ返してもらっていない」と思い出していました。
その知人とはもう何年も会っていないのですが。
お金を貸し、その後数回会っても返すチャンスはいくらでもあるのに返す様子がないし、ひょっとしたら忘れているのでは?と心配になり「貸したの覚えているよね?」と尋ねたら「覚えている」と平然と答えるのでした。
要するに、借りたのを覚えていても返す気がないのでしょう?
それを思い出す度に「もう何年も経つのに返してもらっていない」とイヤな思いをしていたのですが、今ではそれこそ、本当に忘れているのでしょう。
そうして考えてみると、”借金”に繋がれているのは私自身だったのでした。
”知人”と書きましたが友人ではない、という意味です。これからも、一生会うこともないでしょう。
だから、私は彼の借金の記憶を切り離すことにしました。

逆に、友達と一緒に遊んだり、飲んだり、出かけたり、の中には沢山の良い思い出があります。
イヤなことを思い出すよりそちらの方がずっと良いのは明白です。幸福というのは良い思いの積み重ね、イヤな思いの切り離しです。

経済的幸福感は本当にその人の幸福の尺度となりえます。

車はベンツでなければ我慢できない人がいるかと思うと、小さなバイクをやっと手に入れて喜びいっぱいの人がいます。
高給をとっていて安定した生活でもまだ満足できない人がいる一方、やっと就職先が見つかった、と安心する人がいます。
今の現状で満足できればそれが幸福であるし、上をずっと求めていれば不幸・不平不満のままです。
不足しているものを数えるより、今あるものを数えてみませんか?(これについては後に詳しく)

ここで「貧乏」を定義してみましょう。
「貧乏=必要なものが満たされていない」ということにしてみます。
車がなくても家がなくても「いつでもこんな美味しいラーメンが食べられるのは幸せだ」「好きな人と一緒に暮らせるのは最上の幸福」「好きな音楽をいつでも聴ける」「3着の中で好きな物を着られる」と満たされた気持ちが持てる人は貧乏ではありません。
 逆に1億円の貯金があっても「車3台を持っているだけでは、不満足」「もっと大きな家や金を欲しい」「ダイヤモンドの指輪がまだ揃っていない」と思っている人は、いつでも満たされていませんので不幸です。

たとえ、100億円の貯蓄があったとしても、「もったいないから」と使わずに、貧しい食事と節約を続けているのは、100億円がないのと同じです。
反対に、10万円しかなくても、「10万もあるのだから、半分は自分を喜ばせるため・楽しみのために遣い、残りの半分は、第三世界の貧しい子どもたちに、と例えばユニセフに送るという人は最高に豊かなのではないでしょうか?(ユニセフのHPからクレジットカードでも募金ができます。もちろん通常の口座送金での募金もできます)
http://www.unicef.or.jp/
無料で募金できるサイトも紹介しておきます。
http://www.dff.jp/
1クリックで1円しか募金できませんが、大勢が簡単なクリック操作をすれば塵ももつもれば・・・・

裕福を定義するとすれば「人に分け与える物を持っている人」ではないでしょうか?そして、上記のワクチンの例は、わずかな行動さえすれば、10人の命を救える、というものです。

ここで「もし世界が100人の村だったら」を復習してみましょう。

全文は日本語版と韓国語(拙訳含)を次に載せておきましたので、
気が向きましたら参考までにご覧ください。
http://homepage3.nifty.com/yeonso/kankoku/siryou.htm

「世界が100人の村だったら」抜粋=======

75人は 食べものを 備蓄しておき雨と露をしのげる家があります.
しかし 残り 25人は そうはいきません。
17人は きれいで 安全な 水を 飲むことができません。

銀行に 預金が あって 財布に お金が入っていて
家のどこかに小銭がある人は村で最も富裕な8人の中の1人です.

マイカーを 所有している人は100人中7人の中の1人です.

村の人の中の1人は大学教育を受け2人は コンピューターを持っています.
しかし、14人は文字を読むことができません。

=================
そう、これを読んでいるあなたは、コンピュータを持っている村に2人、つまり世界の2%に入る裕福な方です。

「それは世界を見れば確かにそうだが、日本の中で生きていれば・・・」とおっしゃいますか?
では、統計データでなく、私と比較してみていただければよろしいかと思います。

私が今使っているパソコンはWindows98が入っており、ネットオークションで¥5000で譲り受けたものです。ハードディスクも10Gです。
ケータイは高いのでPHSを使っています。メールはPHSからだと高いので
よほど急ぎでない限り家に帰ってきてからパソコンで送信です。
通常の着信があれば、これもそのまま返信するのは高いので公衆電話をみつけてTELします。
職場で食べる昼食は、職員食堂は高いのでおにぎりとカップラーメンです。(最近は78円のカップ麺が見当たらないので98円のものが多いです)
今、雨がしばらく降るだけでキャブレターに水が浸入しエンジンがかからなくなるバイクに乗っており、それもオークションで安く手に入れたものです。
バイクは色々な意味で必需品ですがこれまで動かなくなるまで乗り、また次を中古で買う、という繰り返しです。(自転車も持っていますがもらいものです。)
靴下は1ダース約¥600の軍足です。同じデザインなので片足分が破れても関係ありませんので)
Tシャツは破れるまで来て、買うときは基本的に¥500以下のものを買います。(この前、100円ショップで¥200のものを2着ゲットしたところです)
コートは30年前に買ったものが着られるので買い換えていません。
本を買うのは原則として古本です。(古本で売っていないものでどうしても読みたい本は新本で買うしかありませんが)

でも・・・
読書に関しては、古本でもamazon掲載の一番安いものでも、読みたい本を読めるので幸せです。
いくら古いバイクでも、行きたいところに行けるので満足です。
Tシャツもボロボロですが、人の目を気にしていませんので多少破れていても関係ありません。
パソコンもこのようにネットができれば10年前のものでも問題ありません。
もらいものの自転車はギア付きで、坂道の多いわが町を移動する時はとても楽です。
おにぎりは平日はいつもつれあいが作ってくれて、ありがとう。

以上、少しだけですが、あなたは私より経済的に恵まれていると思いませんか?
(反論がありましたらメールにて受け付けます→hass@nifty.com

あなたの幸福の基準は何でしょう?
マイナス面でなく、ポジティブに考えませんか?

あなたが今持っている本も家具も地位も家族も、あなたがこれまでに自身の幸福のために獲得してきたものです。今所有しているものは、全部あなたのものです。それらがあなたを幸福に役立ってくれるのではありませんか?

そしてあなたの所有しているもので最も大切なのは、心です。心だけはあなたが自由に作り替えることができるのです。今の生活で幸福を見つけることができる心に作り替えることができるのです。

幸福は離れたところにあると思っていればずっとやってきません。しかし、今の生活の中に幸福があると思えば、あなたは今幸福なのです。

今のあなたの生活をつくったのはあなた自身です。ですから、つくりかえるのもあなた自身でできるのです。
今のあなたの心をつくったのもあなた自身です。ですから、つくりかえるのもあなた自身でできるのです。

スピリチュアルに生きる(1)--本当の自分

あなたの本当の姿は何でしょうか?
顔や体つきではありません。
「私は痩せています」「私は美人だと思っています」と思われる方、それが「あなた」の本質ですか?
社会的地位や職業でもありません。
「私は社長です」「私は会社員です」という言葉は本当の「あなた」を表現していますか?では仕事を退いたらあなたが存在しなくなるのでしょうか?

本当の「あなた」は、心(精神)、考えていること、理想、信じていること、などではないでしょうか?
あなたらしく生きる、ということは、あなたがあなたであり続けるということです。仕事の忙しさや、家庭の煩わしさにかまけて、自分を見失っていませんか?
この「本当の自分を生きているかどうか」の一つのヒントは「明日死んでも後悔しないか」です。いかがでしょう?

本当の姿は肉体のような物質でなく目に見えないもの・・・
私たちが肉眼で見えるのは周波数380nm~760nm(ナノメートル=ナノは10のマイナス9乗)に過ぎません。

よくたとえに出されるのはTVやラジオの電波です。これらは目には見えませんが、実在します。放送に限らず、携帯電話・PHS・タクシー・警察・船舶・アマチュア無線・GPSなど本当に様々な周波数の電波が私達の周囲を流れています。受信する側に必要なのは「ダイヤル・周波数」を合わせることです。そうすれば希望の放送が受信できます。
そして、電波以外にも、実に様々な想念やテレパシーが私達のまわりを取り囲んでいます。これも原理は電波と同じで、チューナー(チャンネル)を合わせることで受信することができるようです。だから
テレパシーや透視などといったことができる人がいるのです。(これらについては後ほどゆっくり説明します。

以後、あの世にもっていくことのできない物質を求めることが真の幸福でなく、上記のような目に見えない世界を大切に生きることに焦点をあてて話を進めていきたいと思います。
それがここでいうスピリチュアルに生きるということです。

物質的なものはどうにもできないことが多いですが、精神的なものは変えることができることが多いです。それによって今より幸福になる方法を探るのが以下の文章の目的です。

どうぞよろしく

2008年9月19日 (金)

物語(1)

僕は30歳。いわゆるニート(#)に近いのかも知れない。
高校を卒業して、それなりに就職をしたのだけれど、面白くない職場だし、辞めてもそれほど困らないって、最初の会社を2年で辞めた。
それからもっと面白そうな会社にいくつか入ったのだけど、それぞれ数ヶ月で辞め、それからは
アルバイト情報誌で適当なものを見つけて少し続けては辞める、の繰り返し。
それで良いとは思っていないけれど、悪いとも思っていない。誰に迷惑をかけているわけでもないし。
今も適当なアルバイトをしている。

#「ニート」とは“Not in Education, Employment, or Training”の頭文字。“働こうとしないし学校にも通っていない。仕事につくための専門的な訓練も受けていない人たち。”と定義される。

ある日、僕はいつものようにスーパーに安い夕食を買いに行った。
白菜1/4と安い輸入肉が100gもあれば、鍋ができて立派な夕食だ。
レジで並んでいるとスーパーのポイントカードを忘れていることに気づいた。
勿体無い。レシートにスタンプを押してもらって、次にポイント加算してもらおう、と思っていると
前に並んでいたおばさんでレジが止まっている。
何とおばさんは財布を忘れたようなのだ。

僕のようにポイントカード忘れるのもちょっと困るが財布を忘れたら買い物さえできない!
僕は心の中で前に並んでいるおばさんを嘲笑していた。
最終的に、レジ係とのいろいろなやりとりの中で、おばさんはあまり使ったことないクレジットカードで払ったのだが、あまりに待たされ、レジ係の店員も困惑しているようで、僕はレジ係に同情したので文句は言わなかった。

おばさんが唯一持っているクレジットカードを出すまで待っている間、後ろのおじさんが僕の耳元でささやいた。
「財布を忘れて買い物に来るのも困るけど、生きる目的も忘れて生きているヤツはもっと問題なんだよな」

ん?財布じゃなくて生きる目的?

確かに僕は生きる目的なんて考えたことなかったかも知れない。
買い物で財布を忘れるより悲惨?
一瞬でそんなことを考えながら後ろのおじさんの顔を見上げてしまった。
そしたら---普通のおじさんだった。
おじさんは並んで待たされた気ばらしにそんなことを言いたかったのだろう。
そう思っておじさんの買い物籠中を見た。
えっ?105円の鶏ガラと29円のモヤシ、それとブイヨンだけ?

そう思っていると前のおばさんのレジがようやく終わり、僕のレジが直ぐに終わった。
僕の後にならんでいた
おじさんはもちろん直ぐにレジが終わって自前のデイバッグに買い物を入れると、
そのスーパー会員限定の無料のミネラルウォーターを持参のボトルに入れていた。

気になるおじさんだが、「まあ、いいか」と帰ろうとすると、そのおじさんはレジに並んでいた僕の顔を覚えていたようで
買ったばかりのブイヨンの袋から取り出して一つ小さな袋を僕にくれた。
「鍋にはこれを入れた方がうまいぞ」

その日、家に帰って、僕は半信半疑だったが、あの不思議なおじさんにもらったブイヨンを鍋に入れてみた。
鍋と味がいつもとずいぶんに違っていて、とても美味かった。

生きる目的とか、料理とか・・・あのおじさんは何者?

もう一度くらいは会ってみても良いと思った。

--つづく--

書評--量子論からの精神世界

数年前までのお勧め本は次に紹介してありますのでご覧ください。
http://homepage3.nifty.com/hasunuma/starthp/subpage03.html

以降は
上記URLに紹介した以外の書籍を紹介します。

今回お勧めする書籍は次の2冊です。

○聖なるマトリックス―世界とあなたを変えるための20のカギ (単行本)
グレッグ・ブレイデン (著), 福山 良広 (翻訳) \2,625

○超次元の成功法則―宇宙の叡智と意識エネルギーを手に入れる 私たちは一体全体何を知っているというの! (単行本)
ウィリアム・アーンツ (著), 田中 敦子/ 福井 久美子 (翻訳)  ¥ 1,890 

通常の成功法則や心と世界の関係を「科学的に」説明してあるもので決定版は
これまでほとんどなかったと思います。

しかし、上記2冊は量子論の世界から「思いが実現する」ことを説明してあり、
これまで何となくしっくりこなかった論理思考の方にもお勧めです。

思考のエネルギーは量子にいかに作用するのか、を物理的に?説明しています。

それで、私がお勧めしても本当読む価値があるのかどうか?の基準は?
私の場合はamazonでのレビュー(感想)も参考にしていますので、併せてご覧くだされば
たくさんの方の意見が読めます。
なお、amazonでは書籍を検索すると古本屋さんがたくさん出品していますので
新品にこだわらない方には古本でも良いと思います。(ちなみに私は新品の半額以下なら
送料含めても安いので古本を申し込みます。9割は説明どおりの本が送られてきます)

2008年9月16日 (火)

はじめまして

初めまして。

スピリチュアル哲学研究家のYeonsoと申します。

当方がこれまで設定しているHPは下記のとおりで、スピリチュアルな話題も少しアップしてきましたが、専門のHPが必要に感じ、とりあえず当ブログの作成を試みます。(後にここの話題はHPなどにまとめる予定です)

http://homepage3.nifty.com/yeonso/index.htm
http://homepage3.nifty.com/hasunuma/index.html

そしてその中のスピリチュアル関係の記事

http://homepage3.nifty.com/hasunuma/starthp/subpage02.html
http://homepage3.nifty.com/hasunuma/starthp/subpage07.html

を発展すべくyahooにブログを設定し、

http://blogs.yahoo.co.jp/hass375/MYBLOG/yblog.html

に少しアップしていたのですが、他の話題も混在させてしまい、別のブログを設けた方がよさそうなので、スピリチュアルな話題専用として当ブログを設定することにいたしました。

さしあたって、

1)スピリチュアルな話題の説明・上記HPの記事の加除訂正

2)スピリチュアル書籍の書評

3)スピリチュアルな物語・・・・マーク・フィッシャーの「ミリオネア物語」/本田健の「ユダヤ人大富豪の教え」/アラン・コーエンの「ある成功者の秘密」/リチャード・H・モリタ「自分らしい成功をつかむ2日間のレッスン」などを読んで、同様の手法で何か文章を書いてみたいな。

というあたりで進行してみたいと思います。

感想・文章の間違いなどは忌憚なくご指摘ください。(メール→hass@nifty.com)

なお、当ブログは当方のつれあいのHP・ブログと関わる内容もありますので併せて読まれることをお勧めします。

http://homepage3.nifty.com/siriusb/index.htm
http://sirius-b.cocolog-nifty.com/blog/

以上、よろしくお願いいたします。

トップページ | 2008年10月 »