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2008年9月19日 (金)

物語(1)

僕は30歳。いわゆるニート(#)に近いのかも知れない。
高校を卒業して、それなりに就職をしたのだけれど、面白くない職場だし、辞めてもそれほど困らないって、最初の会社を2年で辞めた。
それからもっと面白そうな会社にいくつか入ったのだけど、それぞれ数ヶ月で辞め、それからは
アルバイト情報誌で適当なものを見つけて少し続けては辞める、の繰り返し。
それで良いとは思っていないけれど、悪いとも思っていない。誰に迷惑をかけているわけでもないし。
今も適当なアルバイトをしている。

#「ニート」とは“Not in Education, Employment, or Training”の頭文字。“働こうとしないし学校にも通っていない。仕事につくための専門的な訓練も受けていない人たち。”と定義される。

ある日、僕はいつものようにスーパーに安い夕食を買いに行った。
白菜1/4と安い輸入肉が100gもあれば、鍋ができて立派な夕食だ。
レジで並んでいるとスーパーのポイントカードを忘れていることに気づいた。
勿体無い。レシートにスタンプを押してもらって、次にポイント加算してもらおう、と思っていると
前に並んでいたおばさんでレジが止まっている。
何とおばさんは財布を忘れたようなのだ。

僕のようにポイントカード忘れるのもちょっと困るが財布を忘れたら買い物さえできない!
僕は心の中で前に並んでいるおばさんを嘲笑していた。
最終的に、レジ係とのいろいろなやりとりの中で、おばさんはあまり使ったことないクレジットカードで払ったのだが、あまりに待たされ、レジ係の店員も困惑しているようで、僕はレジ係に同情したので文句は言わなかった。

おばさんが唯一持っているクレジットカードを出すまで待っている間、後ろのおじさんが僕の耳元でささやいた。
「財布を忘れて買い物に来るのも困るけど、生きる目的も忘れて生きているヤツはもっと問題なんだよな」

ん?財布じゃなくて生きる目的?

確かに僕は生きる目的なんて考えたことなかったかも知れない。
買い物で財布を忘れるより悲惨?
一瞬でそんなことを考えながら後ろのおじさんの顔を見上げてしまった。
そしたら---普通のおじさんだった。
おじさんは並んで待たされた気ばらしにそんなことを言いたかったのだろう。
そう思っておじさんの買い物籠中を見た。
えっ?105円の鶏ガラと29円のモヤシ、それとブイヨンだけ?

そう思っていると前のおばさんのレジがようやく終わり、僕のレジが直ぐに終わった。
僕の後にならんでいた
おじさんはもちろん直ぐにレジが終わって自前のデイバッグに買い物を入れると、
そのスーパー会員限定の無料のミネラルウォーターを持参のボトルに入れていた。

気になるおじさんだが、「まあ、いいか」と帰ろうとすると、そのおじさんはレジに並んでいた僕の顔を覚えていたようで
買ったばかりのブイヨンの袋から取り出して一つ小さな袋を僕にくれた。
「鍋にはこれを入れた方がうまいぞ」

その日、家に帰って、僕は半信半疑だったが、あの不思議なおじさんにもらったブイヨンを鍋に入れてみた。
鍋と味がいつもとずいぶんに違っていて、とても美味かった。

生きる目的とか、料理とか・・・あのおじさんは何者?

もう一度くらいは会ってみても良いと思った。

--つづく--

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