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2008年10月15日 (水)

スピリチュアルに生きる(15)-- 可能性を制限するもの

可能性を制限する言葉の一つに「~のくせに」というのがあります。
まずは、他人に対する見方で使用されます。
「男のくせに」「女のくせに」
「若いくせに」「年寄りのくせに」
「金持ちのくせに」「貧乏人のくせに」
「大卒のくせに」「中卒のくせに」

実はこの言葉で可能性を狭めるのは自分自身なのです。
「若いくせに」と人を非難すれば年齢のせいで非難されることを肯定することもさることながら、自分の年齢ゆえの限界を自らつくっていることになるのです。

これからはこの言葉をひっくりかえして使用したらいかがでしょう?
「若いくせに」と人を批判するのでなく、「若いのによく~」などと肯定するのです。
人の可能性を信じる者は、自らの可能性も広げるのです。

もう一つの可能性を否定する言葉群があります。
「格好悪い」「恥ずかしい」「みっともない」「人からどう思われるか」など。
例えば服装を例にとりましょう。人からどう言われようと好きなものを着たら良いのに、「人にどう思われるか」という基準で服装を選択する人がいます。
例えば夏のスーツ・ネクタイ。あれは湿気の少ないヨーロッパの気候だから発達したのであり、蒸し暑い日本の温帯モンスーン気候には、適しません。
本心から着たい、と感じている人は少ないと思います。ましてネクタイなんて何の役にもたたない飾りです。
それなのに着ていて幸福なのでしょうか?
「そうは言っても会社の決まりで・・・」なるほど、やはり幸福のためでなく、我慢しているのですね?賃金のために着たくないものを着て幸福ですか?

まして、肉体労働者が通勤の場合だけネクタイ姿に着替えるというのはどうしてでしょう?自分の仕事に誇りを持っていれば、わざわざホワイト・カラーの服装をする必要がないのでは?
 実は、ここにも幸福のためのポイントがあります。
 自分の仕事が好きなら、人生の大半を占める仕事の時間が幸福だし、賃金のために無理に我慢しているのなら、週2日の休みのために生きているのです。その多くの場合、仕事で疲れた休息のために過ごすのです。つまり、休日さえも仕事のためにあることになります。(せっかくの休日は自分の好きなことをして2日間だけでも幸福ならまだそれだけ自分のための時間なのですが)

そんなことを言っても他に仕事がない?それはよく理解できます。
では考えてみましょう。世の中の職業の数は3万種類と言われています。
その中であなたがやりたい仕事はどれだけありますか?今の仕事が最高なのですか?
今更、仕事を変えたら賃金が大幅に減ってしまう?
そこです!ずっと我慢しながら今の賃金を維持するのと、賃金は半分でも良いからもっと好きな仕事をするのとどちらが幸福になれますか?

ここで言いたいのは、転職すべきだ、ということではありません。以上を踏まえた上で、今の仕事を続けるなら、今の仕事をもっと好きになるべきだ、ということです。
例えば、事務職と言っても毎日コピーをするだけのつまらない仕事?ではコピー機を組み立てている人はもっとつまらない?
毎日、皿洗いばかり?きれいな皿がなければ最高の料理は盛りつけできません。
例えば前のお客の汚れがわずかに残っている器で出された料理はそれだけでイヤになるでしょう。
お客さんの「美味しいね」という喜びはあなたの功績でもあるのです。

毎日、清掃やゴミ拾い?環境にかかわる大切な仕事です。
そして人がいやがる仕事ほどやる価値があるのです。足の不自由な人が滑って転倒しないように床を磨けるかどうか、あなた次第です。
個人情報が書かれた書類ゴミを、漏洩しないように処理できるのは清掃処理のプロだけです。そんなところから少しは仕事を好きになれませんか?

でもやっぱり好きになれない?
仕事を好きになるか、好きな仕事に転職するか、選択肢はこの2つです。
最悪なのは不平不満のまま今の仕事をずっと続けることですから。

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