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2009年10月28日 (水)

物語(14) 加藤さんとの話

その日、僕は加藤さんとホルモン焼き屋で呑んだ。
チューハイとホルモンをいくつか食べながら加藤さんは話してくれた。
「ホルモンの語源は知っている?”放る物”つまり捨てる内臓だったんだ」
「ここのホルモンは旨いぞ。」
--そんなことはどうでも良い。僕は今日限りで仕事をやめさせてもらう。
と、いつ切り出そうか、と思ってタイミングを見計らっていた。
加藤さんは僕のそんな気持ちに関係なく、話していた。
「ハツってのはハート、即ち心臓だな。シロは最近ではテッチャン、韓国語”大腸”のハングル読みだな・・・」
--ホルモンの解説なんてどうでも良い、僕は辞めたいんだよ!
と思っていた。
そのうち加藤さんは僕の気持ちを見透かしたように言った。
「便器外すの嫌だったろう?でも、嫌なことが一つもない仕事なんてどれだけある?」
--作曲家とか、芸能人とか、自分の好きなことしていると思います。
「作曲家になりたい?なら応援するよ。金田の作った曲を俺が聴きたい。
作曲家も自分の好きなことをするために苦労しているんだけど、そのためにどうする?」
最初に加藤さんに会ったときのように質問された。僕はそれに答える準備はない。
さらに追い討ちがかかる。
「こんな仕事やめたいだろう?」
--はい。
思わず答えた。
「辞めて良いよ。いつ辞める?」
--今日限り
と、答えたかったが、そう聞かれて、僕は小俣君との囲碁がまだまだ続くこととか、
センターにいる職員とか市民とか、僕がしたことに対して声をかけられたり、お礼を言われたり
何故か、そんな記憶がよみがえってきて、
--もしかしたらここで辞めるのはもったいないかな?
と正直に言えば、そう思ってしまう自分もいることに気づいた。

加藤さんは続ける。
「正社員になれば、今より給料が上がるし、資格手当てもあるよ。
電工2種だと\3000/月、電験に受かれば2万/月、冷凍3種で\3000、2種なら\5000、
1種なら\10000だよ。ボイラー2級を取ればとりあえず\3000、
どう、ボイラー講習(*)を受けてみない?」

*ボイラー2級の受験資格は3日間のボイラー実技講習を受けることによって得られる。
 実技講習を得たら1回/月以上の試験を受験して合格すれば2級ボイラー技士の資格が得られる。
 合格率約40%。この数字は1月ほど真面目に勉強すればほとんど合格である。

「どう、正社員になってみる?アルバイトをしているより辞める時期は正社員といっても他の社員と同じように 自由だし、年金も保険も会社が払ってくれて(*)気を使わずに済むだろう?

*正確に言えば会社が全て払うのでなく、本人負担分がある。

「好きなことが9割、嫌なことが1割。嫌なことがない仕事がないとすれば、1割は我慢するしかないんだよ」

そういわれて、これまで福祉センターでの経験で嫌な思いは、僕が前にいた電気工事の現場とか--これは毎日嫌だった。監督からは常に怒鳴られるし、いきなり残業はさせられるし
--と比べて、今日までの2週間でイヤだったことは今日のクサい便器を外すことくらいだった。

--そういう意味では悪い仕事じゃないのかな?
そう、思ってしまった僕は甘いか?

「とりあえず金田君が今より良い仕事を見つけたなら俺は応援する。福祉センターなんて直ぐに辞ちまえば良い。
でも、次の仕事を見つけてから辞めなよ」
--それはそうだ。今でも給料の前借みたいなものだから。
次の仕事を見つけたら辞めよう。そう思った。
加藤「金田!お前の能力と才能と情熱が生かせる仕事を見つけろよ!」
--はい。
もう2時間呑んでいるので加藤さんはほとんど酔っ払っている。
加藤「金田、お前は良いヤツだな」

こういう言い方って、ホントに酔っぱらっているよね。
--加藤さん、帰りましょう。
「そうだな、酔っ払いに付き合わせて悪かったな」
と、加藤さんはふらつきながら2人分の会計を払ってくれた。
僕は自分の分を折半しなければならないと思ったので言った。
--いくらでした?
そんな質問に関係なく加藤さんは言った。
加藤「いや~今日は楽しかったね」
--僕の分の支払いが・・
加藤「金田、明日は正社員の手続きしような。印鑑もってこい。雇用契約書は印鑑がいる。年金手帳もな。
金田は明日から正社員だ。俺の仲間だ、良かったな、ブラボー。ラリホー!」
--って、加藤さん相当酔っ払っているよ。
「今日は嬉しい。最高だ。金田君が正社員になるって言ってくれたからな」
--だからぁ、そんなこと言ってないって!

加藤さんはホルモン焼き屋のまえで躓いてしばらく道路にひっくり返ってしまった。

僕は咄嗟に[加藤さん、どうしたんですか?しっかりしてください」と抱き起こした。

加藤さんはひっくり返ったことに関係なく、そのまま「金田ぁ、明日から正社員になれ~ぇ。」

と酔いながらつぶやいている。そういう加藤さんを見ると、「僕はこの人を裏切れるのだろうか??」という思いにもなる(僕も多少酔っているからね)

それから加藤さんは立ち上がってふらつきながら歩いて自宅の方へ向かった。
--自宅までそれほど遠くないから大丈夫だろう
と思って、加藤さんは放っておいて(いいのかな?)僕は自宅に帰った。

でも、アルバイトより待遇が良くて、いつでも辞められるなら、社員になってもいいかな?

と、明日の出勤準備に印鑑と年金手帳をかばんに入れている自分は何なのだろう?

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