« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »

2010年5月

2010年5月31日 (月)

宇宙の真実セミナーメモ(28)

究極的な意味において「ものを欲しがる」と手に入りません。

一つは前にも書いた「欲しい」という状態を宇宙が継続してくれるからです。
もう一つ、「そのものが手に入ればもっと幸せ」ということで
「幸せ」を制限しているのです。特に「▽▽が必要」という言葉には注意してください。
▽▽が満たされていない、という波動だからです。

すべては一つであり、ワンネスなのですから、宇宙のすべては既にあなたのものなのです。(あなたの目の前にあるパソコンはあなたなのです。あなたの職場の嫌いな人もあなたなのです。外側の世界は自分の心そのものだから。)

「欲しがる」のでなくて、既に自分のものであることを知ること。
宇宙のしくみは、願望を手放すとそのものが手に入るというパラドックスになっています。

「親友が欲しいなら、まずはあなたが親友にふさわしい人になりなさい」という格言があります。
これも上記と同じことを指摘しています。
あなた自身が理想の友達の波動を発していると、同じ波動の人が引き寄せられるからです。

○○になりたいのであれば、自分が既に○○になっているように振舞う、という成功テクニックがありますが、まさにそのことをさしています。

「高い波動」でなく、「最高の波動」を維持するようにしましょう。

スピリチュアルに生きる(57)

マスターたちは口を揃えてこういいます。
「あなたが与えたものがあなたが得るものである。」

こういう禅問答みたいなのって難しいですよね。
まずは宇宙はワンネス(ひとつのもの)である、という前提です。

そもそも宇宙が一つ--自分と他人と宇宙が一つ--というのが解りづらい。
「これは高次の概念なので、物理的な「言葉」で説明するのが難しい」とも色々な高次の存在が言います。

海に例えることが一番多いようです。
「太平洋からコップ1杯の水を汲む」
だからあなたたちは海ではない、ということでなく、本質的には海と同じ。
別の例えでは「波」といわれることもあります。
「波は一つとして同じものはない。生じては消え・・・。でも波は海の一部である」

神との対話では空気を持ち出しています。
キッチンにある空気とリビングにある空気は同じで、分離はない。

水にも空気にも例えようとする私たちの本質は?
ここで、「意識」という言葉を使ってみると良いかも。

意識は分離できないし、すべてに存在する。
全ての素粒子に意識がある。(量子論より)
例えば岩や金属も意志を持つかのように振動を続け、意識がある。
まして植物は?

この原子・素粒子に振動のエネルギーを与えている存在は何?
ビッグバンを起こしたのは?
雪の結晶が一つとして同じでないようにしている力は何?

私たちに、生まれてからあの世に戻るまでずっと心臓を規則正しく鼓動させている存在があり、
たった一つの受精卵から50回の分裂をしただけで内臓や皮膚や骨髄を作るようなエネルギーはどこから?
小さなどんぐりの中に歌詞の木の成長をさせてくれる可能性を存在たらしめるものは何?
という疑問が生じます。

だから見えないエネルギーがあるはずです。
私たちの根底にはそういうエネルギーが存在し、私たちを創り出しています。
私たちの生命を維持しようというエネルギーが私たちを否定することはありえません。

そう、どこかで、そのエネルギーを通じて私たちは繋がっているのです。
ワンネスなのです。
(って、これでは論理に飛躍していますね。--そういう本が多いですが--僕はもうちょっと説明しましょう)

宇宙を形作っているエネルギーの本質が一つだとしたらどうでしょう?
逆に、たくさんの本質があったとしたら?
どちらが説明をしやすいですか?

人間を作るエネルギーと植物を作るエネルギーが同じかどうか、でも構いません。
星を作るエネルギーと重力を作るエネルギーでも構いません。

(って、あなたのことですよ。あなたは人間であり、地球という星の一部なのですから)

僕は「ワンネス」という考え方を受け入れました。

ただし、ワンネスというところに行き着くと淋しい部分もあります。
「ラザリス」という本がこの点を指摘しています。
宇宙が、自分の思考や行動ですべて変わるなら、究極的には自分しかいない。(すべては幻想だから)
自分の職場や恋人や世界の歴史など、全部が自分が創り出したもの、なのですから。
そこで「神との対話」ではこう慰めてくれます。「わたしはずっとあなたと共にいる」

ここで、最初の文章の結論です。
「あなたが与えたものがあなたが得るものである。」
私たちはワンネス。ただひとつのもの。他人と自分に分離はない。
だから、他人にしてあげることは自分にしてあげるのと同じなのです。
他人にしてあげたことは自分に返ってくるのです。
(自分に返して欲しいため、に相手したことも、同じように「見返りが欲しい」という行為になってあなたに訪れます)

すべてはワンネスなのです。だから宇宙があなたそのものであり、宇宙に存在するもの、これから存在しようと思うものはすべてあなたのものなのです。

以上、言葉では大したことありませんが、概念としては相当に難解で壮大なので、これを読んでいただいた直後に理解していただけないかも知れません。
そういう意味で「神との対話」を書いたニール・ドナルド・ウォルシュは「神より幸せ」という本の中で繰り返し書いています。「どうか、頑張ってついてきてほしい」

===========
以上を前提として、再度紹介してしまいます。
「自分はこの宇宙のすべて」ということを(前にも)紹介した動画をご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=U0xR3qLNTbE&feature=related
「私はあなた」です。ワンネス。そこを理解して欲しいのです。もしかしたら謎かも知れませんが。

ついでに(これも前にも紹介しましたが)気が向いたら次のURLをご覧いただければ幸いです。
http://homepage3.nifty.com/yeonso/bun31.htm

2010年5月30日 (日)

スピリチュアルに生きる(56)

マスターたちは口を揃えて唱えます。
「過去と未来は存在しない。あるのは永遠の今だけ」

これはどのような意味なのでしょう?
まず、私たちは過去を振り返ります。懐かしかったり、悔しかったり。
これはちょうど過去というタイトルのビデオテープ(今はDVDかな?)を見ているようなものです。

たくさんのビデオテープをあなたは保管してあります。
その一つを時々、再生するのです。
しかし、それは再生して見ることはできますが、体験することはありません。

また、マスターたちは口を揃えて唱えます。
「すべては既に起こっている。」

これはどういう意味でしょう?
過去と未来が存在しないとすれば、すべては同時に起こっていることになります。
しかし、「体験」には時空間が必要です。
そうして、私たちは「永遠の今」に存在して、時間や空間があなたの前を通り過ぎるのを体験するのです。
創造主には時間と空間は存在しませんから(ビッグバンの前のように)、
私たちは時間と空間も体験のために創造しているのです。

だから未来は、ビデオテープになっていません。
たくさんの可能性の中から、選び出すのですから。
(ここで「選ぶ」という言葉を使っているのに注目してください。すべては既に創造されているのですから、まさに「選ぶ」のです)

ではどうやって選ぶのか?
例えば「お金持ちになる」ことはできません。
あなたは既に宇宙に無限の財産を持っているからです。
言い換えればあなたは「大人になる」ことはできないのと同じです。
あなたは既に「大人」だからです。

同様に、「幸福になる」ことはできません。
あなたは今でもすべての想いが実現する幸福な存在だからです。(ただ、それに気づかないだけ。あなたの人生のすべては思い通りに実現しています。今でも)

悟ることもできません。あなたは既に悟っているからです。

だから焦点は「お金持ちで在る」ままでいることを再確認すること。感謝すること。
(前にも書きましたが「お金持ちになりたい」というと宇宙はそのまま「お金持ちになりたい」状況に留めてくれます)
幸福であることにも、悟っていることにも・・・・

だから「幸福になりたければ幸福でありなさい。」と「神との対話」では指摘しています。

あなたは完璧な存在であり、3次元世界に実現されることもあなたの思考・言葉・行動を完璧に再現してくれています。
(そんなはずはない、という方には、そんなはずがない、という現実が完璧に再現されます)

今のままで全ては完璧である、と悟りましょう。
悟れない、って?
悟れない、というあなたには悟れない現実が完璧に再現されています。

そんなの信じられない、って
信じられないあなたには、そういう現実が・・・・(って永遠に繰り返しになります)

つまり、信じたことがすべて実現するのです。
「信じたことが実現するわけない」と思うとそれが実現するのです。

そういう意味で、この3次元世界の「実現のプロセス」は完璧です。

2010年5月29日 (土)

スピリチュアルに生きる(55)

例えば子どもの頃、年上の子にいじめられたとする。
その時は、どうして?くらいにしか思わなかっただろう。
次にどこかのおばさんに突き飛ばされたとする。(まあ、この場合におばさんに悪気がなかったかも知れない)
さて、この災難の原因をあなたは考えた。
共通点は?二人とも黒い服を着ていたとするとどうだろう?
誰かにイヤなことをされるのが3回目になってこの相手も黒い服を着ていたとしたら?

私たちの信念はこのように作られた。
子どもの頃なのでもう忘れているかも知れないし、大人になった今なら論理性はない、と判るのだが、あなたはおそらく黒い服は着ないし、なるべく黒い服を着ている人には近づかない。

初めての人に逢うときの第一印象はこのようなものだろう。
そして現在の体験は過去の(意識するしないにかかわらず)体験から導かれる。
黒い服は何となく嫌いだ・・と。

そしてすべての、「初めての体験」は過去のデータから判断する。
だから過去の経験で判断してはいけないのです。

これは黒い服の例だが、失敗談ならどうだろう?
これまでの人生でうまくいかなかったら、
重要であればあるだけ、「どうしてうまくいかなかったのか」と考えたはずだ。
(じつはこれは波動的にはマイナスでうまくいかなかったことに意識を集中しているから好ましくないのだが--だから次にも同じ状況を引き寄せる)
そして「うまくいかなかった」共通点を探す。
探せたときにはまだ良い。
探せなければ?
「どうせ何をやっても思い通りにならないんだ」
と結論つけてしまったかも知れない。

でも、そんなことはありません!

例えばコインを投げて6回続けて表が出たとしよう。
7回目はどうなりますか?
通常は「裏が出るはず」と言います。

ですが、数学的にはそんなことはありません。
次も表と裏が出る確率は1/2ずつなのです。
以前のデータとは独立しているのですから。
(統計的にはその代わりに裏が6回続けて出ることもあり、非常に大きなデータになれば、もちろん表と裏の比率は1/2となります)

だから大切なのは「今」だけです。
過去にこだわる必要は全くありません。
過去は二度とありません。

未来をみつめましょう。

スピリチュアルに生きる(54)

人生に起こるすべての出来事は自分で責任を引き受けてみましょう。

どんな出来事であっても「この状況を創ったのは自分」と思うのです。

すると実はとても楽になるのです。
誰かを恨んだり、憎んだり、批判したりする必要がなくなりますから
ネガティブな感情を持つことがとても減ります。

自分が運命の創造者である、という立場を認識すればそうなります。

自分が運命の創造者なんて信じられない?
でも偉大なマスターは口を揃えていっています。

それを否定される方にお尋ねします。
一生懸命にそれを否定して何の得になるのですか?
マスターたちが間違っているかも知れない?

ではマスターたちよりあなたが正しいとして、その「正しさ」を維持して幸福になれましたか?ストレスがたまっていませんか?
あなたのおっしゃるように「正しくない」ことでも、自分が運命の創造者と思えれば上記のように楽になるのです。

たまには「正しい」ことにこだわるのを止めて「楽になる」方を選択してみませんか?

スピリチュアルに生きる(53)

私たちは愛を外部に見つけようとします。
「誰かが愛してくれれば幸せになれる」
「たくさんの人から愛されたい」

では愛されなかったら幸せになれない?
自分の外側に「愛」を見つけても無駄になることが多いです。
愛を見つけようとする、ということは、「今は愛がない」と言っているのと同じだからです。

「愛される」のは永遠ではありません。
自分の内部に愛を見つけるのです。
創り出す必要はありません。
あなたの内部に永遠の愛があります。

そして人に・物に愛を与えましょう。
持っていないものは与えられませんから、与えることによって、あなたは愛があることを知るでしょう。

いつでも自分の魂に尋ねましょう。
「今、愛なら何をするか?」

人生のすべての瞬間に差し出される出来事・体験を愛しましょう。

全てを赦し、許容するところに愛があります。

宇宙の真実セミナーメモ(27)

私たちは思考・感情・信念などによって宇宙を創り出しています。

「そんなはずはない、人生は思い通りにならない」と言う方がおられます。
そういう信念を宇宙はやはりかなえてくれて「思い通りにならない」ように実現してくれています。

「お金持ちになりたい」
宇宙はお金持ちになりたい状態を創り出してくれます。

「素敵な恋人が欲しい」
やはり宇宙は「欲しい」という状態を継続してくれます。

○○が欲しい、△△になりたい、という裏には「今はそうでない」という信念があるので
そのとおりになるのです。

ある本には「私は金持ちだ」のように現在形でアファーメイションを唱えると良い、とあります。
しかし、口でいくら唱えても、心の中で「でもお金ないんだ」と思っていたら、信念が勝ります。
マイケル・ロオジェはタイトルそのものズバリ「引き寄せの法則」の本の中で、信念の解決法としてこう記しています。
「私はお金を引き寄せている最中だ」
「私は素敵な恋人を引き寄せている最中だ」
これなら、嘘ではありません。

次に否定的な言葉を使わない、というのもコツだ、としています。
「▽▽はイヤ」
「××は嫌い」
と思っているとそれを引き寄せます。
なぜなら▽▽や××の存在を肯定していることになるからです。
引き寄せの法則はプラスでもマイナスでも心が焦点を当てたことを引き寄せるという法則だからです。
言葉も波動ですから大切です。
「▽▽はイヤ」という代わりに「○○が良い」
「××は嫌い」という代わりに「△△が好き」
こうするとポジティブな言い換えになります。

別の著者の本に「現在に焦点を合わせず未来に焦点を合わせる」と書いてあるものもあります。
現在の状態に焦点を合わせると、否定的なことに目がいってしまいがちです。
未来の、理想の自分の姿を想像すれば、そちらに焦点がいくことでしょう。

電気はプラスとマイナスの両極がなければ存在しません。
上と下、右と左、善と悪、男と女・・・・
結果には必ず原因があります。
そして問題には必ず答えがあります。

「なぜ」と問題に目を向けていると、やはり引き寄せの法則が働いて”問題のある状態”を継続してくれるのです。
だから「なぜ」は意味がありません。「どうすれば」と考えるべきなのです。

書評--きっと天使が助けてくれる

きっと天使が助けてくれる (あなたを幸せにする簡単な方法)
クリステル ナニ 著, 菅靖彦監訳 花丘ちぐさ訳 
草思社 ¥1500

他の天使系の本と異なるアプローチなので、一読の価値がある。

○天使にもっと気楽にお願いしてよいのです。
○天使はあなたの呼びかけがないと働けないのです。
○あなたの「正しさ」や「プライド」が幸福になるのを邪魔していませんか?
○困っているときに天使に助けを求めないのはなぜですか?

さらに

「あなたの人生の目的は何ですか?」
「人生の目的を達成したあとはどうなるのですか?」

--それは「ただ 幸せになること」と思えませんか?

スピリチュアルに生きる(52)

ワンネス--私は宇宙とひとつのものである。

外に出て道端の一輪の花を観察してみましょう。
花の成長や神秘性を観察してみましょう。

そして、自分がその花だと思ってみましょう。
なぜならワンネス--自分はその花なのですから。

鏡の法則を前に説明しました。
「この世界は自分を映し出す鏡だ」と。
だから、あなたの前にある花はあなたなのです。
あなたに映る目の前の”現実”はあなたなのです。

あなたの悪口を言う人も、あなたをいじめる人もあなたなのです。
あなたの鏡です。(正確に言えばあなたそのものです)

私たちは花であり、樹木であり、川であり、橋であり、他人であり、・・・

そんなはずはないって?
ではあなたの嫌いな風貌の人が目の前に歩いていたとしましょう。
汚い身なりをして髪の毛ボサボサ。
あなたは「そんな身なりをしてはいけない」と思います。
「そんな身なりをすると恥ずかしい」と。
「私はだからきちんとした身なりをしている」と。
「きちんとした身なりをせねばならない。」と。

実はそれは自分に課した義務であり、制限です。
あなたの前に現れたのは、身なりに価値観・照準を置いているあなたの価値観を反映してくれている天使なのです。
身なりにこだわれなければ、そういう人が目の前に現れても無視でしょう。全く気になりませんし、目に入りません。

例を掲げてみましょう。
政治に全く関心のない人はどの政治家がどんな発言をしても気にとめません。
僕は気になりますが。

スポーツに関心のない僕は、誰が優勝しようと、誰が八百長試合をしようと関係ありません。
僕とは関係ない世界ですから。
でも、囲碁に関心のある僕は誰が名人や本因坊になるか、興味津々です。
それも囲碁に興味ない人は全く関係ないですよね?そんなニュースを見たりもしませんよね?

そういう意味で、最初に掲げた「身なりの汚い」という人は、身なりにこだわっている、というあなたの価値観を反映してくれているのです。

スピリチュアルに生きる(51)

愛の反対語は憎しみではありません。怖れです。
無条件の愛の中に怖れはありません。

後悔は過去に生きること。
怖れは未来の視点で生きること。
どちらも「今」に生きていません。
本当は「永遠の今」しかないのです。
過去は記憶の中にしかありません。
未来は可能性の中にしかありません。
そして可能性の中から引き寄せ・選択するのは今の波動なのです。

スピリチュアルに生きる(50)

小学生に戻るのはいかがでした?
少しは楽しんでいただけましたでしょうか?

数学をマスターしていても、それを忘れて九九を少しずつ覚える立場に戻るのは楽しいです。
そうやって私たちは完全な悟りのあるところから悟りのない世界を創りだしたのです。
完全な光の世界では光を認識できません。
だから闇を創り出し、闇との対照において、はじめて光を喜べるのです。
制限のない、自由で愛の世界にいましたが、それだけでは自由と愛が定義できないので
制限のある、時空を創り、怖れを創ったのです。
でも、本当は悟っています。それは「気づき」「思い出す」だけで良いのです。

どうやって?
目を閉じてゆっくり呼吸します。
8秒間息を吸い、8秒間とめて、8秒間で吐き出します。
数回繰り返しましょう。
呼吸に意識を集中してみましょう。
次々といろいろな「考え」が浮かびますが流れるままにしましょう。
時にはいつもは聞こえなかった時計の音や戸外の音が邪魔に感じるかもしれません。
そう、他のことに意識を集中させていれば、そんな音は聞こえないのです。
そして次々と考えが浮かびました。
その「考えが浮かぶ」というのを観察しているのがあなたの意識そのものです。
観察している自分をまた、一つ高い立場から観察してください。
それをさらに一つ上の立場から観察してみてください。それがあなたの本質です。
時間と空間の中にある自分を観察してください。ほら、本当のあなたは時空の外にいる。
それが「気づき」です。いつも一緒にあったのに。
完全な悟りは今あります。

2010年5月28日 (金)

宇宙の真実セミナーメモ(26)

ニュートンが万有引力の法則を発見するまえから重力は存在していた。
ボイル・シャルルが法則を発見する前から体積と温度と圧力の関係は存在していた。

引き寄せの法則も同様。
本になる前から存在していた。

ただ、法則をしらなければ応用することができないが、
法則を知れば応用することができる。

引き寄せの法則は簡単である。
「同じ波動のものは引き寄せられる。」
波動が上下に変化しないためには、信念が必要である。

しかしなかなか実現しない目標に対して信念を持ち続けるのは難しいこともある。
そこで感謝の法則が助けになる。

感謝は常に高い波動。
持たないものでなく持っているものに目を向け感謝する。

そして私たちは実は、可能性という見えない世界にすべてのものを持っているのである。

見えるものがけが現実ではない。
最初に書いた引力は目に見えない。
エックス線も目に見えない。だが存在する。

可能性という世界は見えないが存在する。
どこに?
高次元世界である。
物質世界は最も次元の低い世界。
3次元の物質に光を当てれば2次元のスクリーンに影が映る。
私たちの認識する3次元世界は4次元世界の投影されたものだとしたら?
この証拠は近年の量子論が次々と発表している。

あるいは時間と空間が相対的なものである、ということはアインシュタインが証明している。
過去も未来も存在しない。
あるのは「永遠の今」のみ。
すべては同時に起こっている。(じつはすべては一つ--ワンネスなのだ)
同時に起こると体験できないので、私たちはこの時空を創造した。

そして私たちはすべてのものを引き寄せている。
例えば温度。熱い--冷たいの間にはぬるい、とかちょっと温かいとか無数の温度が存在する。
温度そのものは引き寄せているのだ。
お金も引き寄せている。あとはその金額だけの問題だ。
引き寄せていることに感謝。法則に感謝。

書評--神との友情

書評--神との友情

前回の神との対話から対話2、対話3
神との友情上下
新しき啓示
神に帰る

まで10年ぶり?に読み返した。
もう一度読み返すと、引き寄せの法則や宇宙の原理がとてもうまく説明されているのに気づいた。
著者のニール・ドナルド・ウォルシュも本を出版するごとに理解が深まったようで、神との対話1よりも
対話3の方が説明が深くなっていて創造の原理が解りやすい。

何度か読み返そうと思う。

2010年5月25日 (火)

スピリチュアルに生きる(49)の4

小学生の授業の続き

あなたはお父さんとお母さんがいなければ生まれてきませんでした。
お父さんやお母さんもその両親がいなければ生まれてきませんでした。

あなたにはお祖父さんが2人、お祖母さんも2人います。
そして、ひいお祖父さんが4人、ひいお祖母さんが4人います。

ちょっと計算してみましょう。
簡単にするために、みんな25才で子どもを産むとして
25年前 お父さんとお母さん 2人
50年前 お祖父さんとお祖母さん 4人
75年前 (略)         8人
100年前 16人
125年前 32人
150年前 64人
175年前 128人
200年前 256人
225年前 512人
250年前 1024人

250年前の1024人のうち、一人でもいなければあなたはこの世に存在していません。
すごいことですね。

解りやすくするために1024人を1000人として計算します。
275年前 2000人
300年前 4000人
325年前 8000人
350年前 16000人
375年前 32000人
400年前 64000人(江戸時代のはじめ頃)
425年前 128000人
450年前 256000人
(計算上、これを25万人とします)
475年前 50万人
500年前 100万人
525年前 200万人
550年前 400万人
575年前 800万人
600年前 1600万人
625年前 3200万人
650年前 6400万人
675年前 128000000人
700年前 256000000人
725年前 約5億人
ここで計算は終わりです。
なぜならこの数字は当時の世界人口を超えたからです。
725年前には世界に5億人も住んでいませんでした。

ともかく、約700年前に存在した5億人があなたの祖先で、
そのうち一人でもいなければあなたは存在していません。
(あなたは奇跡的で、とても大切な存在なのです)
そして5億人全員が祖先ということは、あなたの友達も知らない人も
みんなその5億人の子孫ということになります。

世界中、みんな親戚なのです。どこかで繋がっているのです。
仲良くしましょう。

(歴史の勉強も実はあなたの祖先についての勉強なのです。)

====

出典元・・仮説社授業書「みんな親戚」

2010年5月24日 (月)

スピリチュアルに生きる(49)の3

せっかくなので小学生時代に戻る旅の続きです。
次は国語の授業です。

「むかしむかし、あるところに、じいさまとばあさまがありましたと。」
(おそらく多くの方がご存知の岩崎京子さんの「かさこじぞう」の冒頭です。)

あなたは2年生でこの授業を受けていて、先生から質問されました。
さて、「むかし」というのと「むかしむかし」というのとどう違いますか?
「とても」と「とてもとても」と、どう違いますか?

そうですね。「むかし」を2度繰り返すと「ずっと昔」ということになるのです。
これを反復と言います。反復は強調を表します。

次の「あるところ」というのはどこでしょう?
岩手県と書いても良かったし、雪国としても、山奥としても良かったのに
「あるところ」と書いてあるのはどうしてでしょう?

そうです。これは雪が題材とされていますけれど、雪国である必要はなかったのです。
どこにでも起こりうる話だし、特定する必要はなかったのです。

次の「じいさまとばあさま」というのはどうですか?
まずは「ばあさまとじいさま」ではなかったことに注目してください。
昔は男尊女卑だったのです。

さて、「おじいさんとおばあさん」ならどんなイメージですか?
「じじいとばばあ」では?

これも言葉のイメージを大切にした作者が工夫したのです。

次です(って実際の授業ではこんなに急ぎません)
普通は「ありました」でなくて「住んでいました」というところですよね?
人間なら「いました」であり、「ありました」っておかしいですよね?

そう、通常は「いる」というのは生き物の表し方です。
「ある」というのは生き物以外です。

これで村人にとっての「じいさまとばあさま」は生き物の存在でなく、
単に「ある」という生き物。生き物だけれど生き物でないような、つまり村人にとっては仲間ではなかった次元に位置していたのがわかりましたか?

村人は「じいさまとばあさま」の存在は知っていたのでしょうけれど、
二人は村人との交流がほとんどなかった、というのがこの表現です。

だから「たいそうびんぼうで」(ってのちの記述にありますが)村人の助けを借りることなく
二人で懸命に生きていたのです。

最後のありました「と」というのは何ですか?

僕は○○と言いました。
私は××と聞きました。

のように、「と」というのは伝聞を表します。
これは実際にあった話というわけでなく伝聞ということです。
作者は地方の伝承話を集めてまわったのかも知れません。

最初の文に戻りましょう。
「むかしむかし、あるところに、じいさまとばあさまがありましたと。」
これって、「いつ、どこで、だれが、どうした」ってきちんと書かれていますよね?
みなさんも作文を書くときには、これを忘れないようにしてください。

==おまけ==
話の途中でじいさまは六地蔵に「かさこ」をかぶせてあげますが、
地蔵が6体というのは人間が死んでから行く六道(天上界・人間界・阿修羅界・畜生界・餓鬼界・地獄界)を表します。
人間が死んだら「あの世」に案内してくれるのはお地蔵様なのです。
うそをついたり、友達をいじめたりしたら地獄や餓鬼界に行きます。
真面目に人のために生きていれば、天上界にいけるかも知れません。
みなさん天上界にいくためにどうやって頑張れますか?

=====
また、少しは小学生に戻れましたか?

スピリチュアルに生きる(49)の2

ということで、脱線して、しばらく小学校時代を楽しんでみましょう。

まずは時間の話。
そこらへんの紙に円を描いて、上から右回りに角度は30度ずつ
「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」と書いてみましょう。
さて、一番上が「子」(ね)です。一番下が「午」(うま)になりましたか?
そう、上と下をまっすぐに繋ぐ線が「子午線」ですね~。

また、これは方向も表します。
上が北・・・どうして上が北かというと、中世までの航海は北極星が目印になっていたのでした。
ちなみに南半球のオーストラリアの地図は南北逆になっています。
想像してみてください。あるいは世界地図がある方は上下ひっくり返してみてください。
どちらが正しいでもないです。そんな地図も面白いですね。
僕は個人的には90度回転する、というのが概念が覆されると思いますが。

ちなみに桃太郎がつれていったお供は何でしたか?
猿・犬・雉・・これは十二支で西の方角ですね~
「西方」に浄土があるのでした。

さて、昔の世界地図はヨーロッパが中心でした。
だからアラビアのあたりは「中東」、日本や中国は「極東」といわれるのです。

コロンブスは地球をずっと西へ行くとインドに到達すると思っていた。
だから、カリブ海の島は西インド諸島というし、
ネイティブアメリカンを「インディアン」というのです。

そういうことではアメリカ大陸に名前をつけたのはコロンブスではないです。
「アメリゴ・ベスプッチ」の名前にちなんでアメリカになったのです。

話を元に戻して・・・

最初に「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」と描いた円。
これは一日も表します。
「午の刻」よりも前は「午前」それより後は「午後」です。
(ちょうど”午の刻”は正午)

しかしながら、そんなおおざっぱだと困ります(1刻が2時間なので)。
だからそれを4つに分けて「草木も眠る丑3つ時」なんてなっているのです。

「時の鐘」は鳴らす回数です。
「午の刻」九つ時なので9回ならします。
昔は食事は朝と夜しかとらなかったので、途中でお腹がすきます。
だから「八ツ時」に軽い食事をしました。これが「オヤツ」です。

時間の話のついでにカレンダーの話もしてしまいましょう。
どうして2月だけが28日なのか?

昔々、ジュリアス・シーザー(読み方によってはユリウス・カエサル)の側近は暦づくりを任された。
(以下の説明はかなりの誇張が入っていますが、歴史的にはジョークではありません))

「まず1年を12月に分け、1月を30日にしてみろ」
「シーザー様、それでは360日しかなりません。どうしましょう」
「では一ヶ月おきの奇数月は31日にせよ」
 
 月   1   2   3   4   5   6  
 日数 31  30  31  30  31  30  

       7   8   9  10  11  12
        31  30  31  30  31  30 ・・全部足すと366

 「シーザー様、奇数月全部を31日としたため、1日足りなくなりました。」
 「馬鹿者!ならば最後の月から1日減らしてしまえば良いことだ」

                    julius  
 月   1   2   3   4   5   6  
 日数 31  30  31  30  31  30  

      sept octo novem dece (←ラテン語の序数)
         7   8   9  10  11  12 
        31  30  31  30  31  29 

こうして Julius Caesar は誕生月に自身の名までつけて「julius月」とした。
 
 本当は、1公転周期は365日5時間48分46秒なので、月日が経つ内に、実際の歴と天文暦が2ヶ月もずれてくることになる。

 ローマ初代皇帝アウグストス(8月=オーガストの語源)の時代にそのずれを修正することになった。
「2ヶ月ずれているのなら、後ろの2ケ月を1年の最初に持ってくれば良い。」
ついでに、Juliusが誕生月を自分の名前月としたことと、最大日数の31日にしたことをAugustusは見落とさなかった。

 「新7番目月がJulius月なら、8番目月はAugustus月とする。日数も31日にする。あとは適当にずらして、足りなくなった1日は、どうせ足りない新2月から引けば良い。あとは閏年で調整!」

 月   1   2   3   4   5   6  
 日数 31  28  31  30  31  30  

   July August sept oct novem dec
       7   8   9  10  11  12
        31  31  30  31  30  31 

 こうして現在の暦はできあがった。名前はそのままで2ヶ月ずらしたため、例えば8を意味するOCT(オクターブ・オクトパスetcの語源)が10月になってしまっている。

 世界の時間は、この二人の権力者によって作られた、不合理な暦を基準に今も動いている。「皇帝は時間も支配する。」この発想は、日本における元号使用と本質的に同じものである。

(実は角度を測る分度器の1周が360度というのもこのあたりからきているようである)
 
いかがでしょう?少しは小学生時代に戻れました?

2010年5月23日 (日)

スピリチュアルに生きる(49)--私たちは既に悟っている

例えば私たちが高等数学をマスターしているとします。
微分方程式やら位相空間論など、複素関数論とかトポロジーなど、
(例なので実際の内容はこの場合、どうでも良いのですが)
かなりのレベルで理解しているとします。

そのマスターが小学生の頃を思い出した。
「そういえば掛け算を初めて習った頃、楽しかった。
2の段の九九と5の段の九九を習って、次は何の段を習うのか、早く全部覚えたい。」
そんな記憶はありませんか?

別に算数でなくても構いません。
初めて鍵盤ハーモニカを手にしてから、「色々な曲を弾けるようになりたい」とか
社会科に出てくる地図の記号を理解したい、など何でも良いのですが。

さて、マスターの私たちは、そんな九九を覚える楽しみをもう一度体験したくて
高等数学をすべて忘れることにしました。
九九を1つずつ覚えていくのは楽しいです。

それから次の学年で2桁×2桁なんていう勉強に進んで、「こんなこともできるんだ」と楽しかったのです。
それを繰り返すうちに、いつか自分が高等数学を既にマスターしていることを忘れてしまいました。

数学でなくて、私たちは人生のマスターです。
私たちは既に悟っています。(だからこの物質世界に降りてくることができたのです)
それに気づかないのは「まだ悟っていない」という思い込みのみなのです。

必要なのは本当の自分を思い出すこと・気づくこと。

私たちは物質にもなることができたのですから、何にでもなれます。
私たちは無限の存在ですから、限界さえ創ることができたのです。

本当の自分を思い出してください。

2010年5月22日 (土)

書評--神との対話

神との対話--みんな知っていると思うので出版など詳細略

なぜ今さら?と思われるかも知れない。
この本は初版の頃に購入し、読んで、「ふーん」と思ったくらいで大した感想を持たなかった。
それから10数年、本棚に眠っていて再び読んだ。

今日は「ふーん」でなくて「なるほど!」だった。

実際にウォルシュが「神」と対話したか?
チャネリング本には色々な相手がいる。
進歩した惑星からとか、地球内部とか、天使とか、ACIMのようなイエスとか・・
でも「神」とチャネリングしたのはウォルシュが初めてであろう。

「だからすごい」、とは言わない。
そのメッセージの中には「すべては神」ということもあるのだから、
次元の低いものとアクセスした可能性は否定できない。
中には弘法大師=空海とアクセスしている、と主張したり、もっと訳のわからない相手とチャネリングしている人もいるのだから。そしてそれぞれが少しずつ違うことを言っている。

だから、チャネリング情報だから正しい、というのでありません。判断はチャネリングの相手でなくて、書かれている内容です。

この本も「神」とチャネリングした、などというのは・・・?と疑問が沸きます。
しかしながら、宇宙と自分との関係を悩んだら、その答えがみるかるかも知れない一冊です。

そして、神が私たちを創造した、ということを前提にすれば、
私たちは神の一部である、ということを前提にすれば
神とのチャネリングなど簡単にできるし、それ以上に、常に神と一体である、ということになります。

2010年5月19日 (水)

スピリチュアルに生きる(48)

過去も未来も存在しない。私たちは「永遠の今」にいる。
スピリチュアルな本は口を揃えて書いています。

過去も未来もない「永遠の今」とは?

例えてみましょう。
小学校時代の同級生でずっと逢っていなくて、これからも逢いそうもない友人。
かつての同級生は今、この地球のどこかで存在しているのでしょうけれど、
すでに「私の世界」の人ではありません。
そんな極端な話でなくても同様。5年間逢っていないかつての同僚は他の世界で生きている人です。

そうして考えてみますと、これまで出逢った人々は「私の世界」の登場人物でした。

私たちは映画の監督であり、脚本家であり、主演者であり観客。
登場人物たちは私たちの人生ドラマにまさしく「登場」してくれる役割があったのです。
私たちは観客席に座っています。ただ、フィルムが巻かれてスクリーンに映し出されているだけ。

私たちは時間と空間という贈り物をもらって時空の中で経験するためにこの宇宙に来ています。

過去を悔やんでも過去は変えることができません。
もう戻ってくることもありません。
嫌な思い出は忘れてしまいましょう。
私たちの人生には必要ないからです。
(ただし、ある本には「過去を書き換える」という、そこそこ役立つテクニックもあります)

そして未来はこれから創るのですが、未来のために現在を犠牲にするのは矛盾です。
(今は幸せでない、と主張しているようなものです)
そう考えると「明るい未来」は永遠に「明るい未来」のままです。
未来は、「幸せな現在」の延長として位置せねばなりません。

「不安」というのはいつでも未来の出来事に対する感情ですが、
それにエネルギーを無駄遣いして現在が犠牲になっていませんか?
(計画性は大切ですが、「不安」というのは計画性とは異なります)
「不安はほとんど実現しない」という言葉があります。
未来の可能性の中のネガティブな部分に焦点をあて、幸せな現在に不安の要素を入れる必要があるのでしょうか?
不安というのを裏返しにするといつでも安心な生活をしたい、ということになります。
であれば、「いつでも安心なためにどうするか?」という方向で考えるのが正解でしょう。

ケ・セラ・セラ(フランス語) という言葉が昔ありました。なるようになる。
今の幸福に焦点をあて、今恵まれていることに感謝する・味わうのを忘れてはいませんか?

2010年5月17日 (月)

書評--心のカップを空にせよ

意識が変わる物語 心のカップを空にせよ!
ロビン・シャーマ (著), 北澤 和彦 (翻訳)
¥ 1,500 ダイヤモンド社

僕はメンター物(コーチや師匠が出てきて教えを授ける物語風形式)はあまり読まない。
言いたいことを物語りにせずに、ズバッと書いて欲しいからだ。
(と言っても50冊ほどは読んでいるが)

しかし、今回だけは違った。非常にスピリチュアルな知恵が散りばめられている。
”悟り”も入っているし、”引き寄せ”も入っている。

最初の30ページほどは設定の説明のような物語なのでまどろっこしいかも知れないが、
それからは、物語というより、対話集のような感じで、引き込まれて一気に読める。

これまで読んだメンター物の中ではBEST。お勧めである。

2010年5月13日 (木)

スピリチュアルに生きる(47)

車の免許を持っていない人が車をプレゼントされたとします。
嬉しくありませんね。せいぜい、売却してそのお金を手に入れることを考えます。
僕は車の免許を持っていますが、ベンツをもらっても全く嬉しくありません。
そんな大きな車庫もないし、維持費も気になります。
でも、免許取りたての人で、車庫もあれば、どんな車でも嬉しいことでしょう。

車のような大きなものでなくても同じです。
お酒を飲めない人が高級ワインをもらっても誰かにあげてしまうだけです。
(僕なら大喜びですが)
囲碁を知っている人なら、電車で名人と隣り合わせになっただけで嬉しいでしょうが
知らない人は全く気づきもしないでしょう。

ここで言わんとすることは、「嬉しさや幸福というのは、出来事そのものでなくて
出来事に対する反応だ」ということです。

同じ出来事に対しても、人によって様々な反応を選びます。

遠い道のりを歩くのが嫌いな人がいる一方で、ハイキングや散歩を楽しむ人もいます。
僕のように山登りが嫌いな人がいる一方、山岳登山が好きな人もいます。
同じことでも疲れるからといって嫌がる人もいるし、楽しむ・喜ぶという人もいるのです。

「幸福はあなたの心の中にある」と偉人たちは口を揃えて言います。
つまり、同じ出来事から、ある人は幸福を感じることを選択することもできるし、
ある人は悲しみを選択しているのです。

反応の選択肢は確かに「あなたの心の中」にすべて存在しています。
幸福かどうか、というのは反応であり選択なのです。出来事ではありません。

幸福は今すぐに選択できるものなのです。

そんな複雑なことは要らないかも知れません。例えば毎回の食事。
「このご飯は農家が半年間育ててくれて、たくさんの流通経路を経て自分の口に入るのだ」「こんな新鮮なサシミが海から離れた我が家で食べられるのは50年前にはありえない」と思いながら感謝して食べるのと、「お金を払えば買えて当たり前」と思うのとどちらが幸福でしょうか?

食事以前に、蛇口をひねれば安全な水が出てくることは、そうでない未開の地に住む人に想いをはせればとても幸福なことです。

これを読むパソコンがあり、電源があり、文書を理解する識字力があり、健全な目があり・・・
って、とても幸福と思えるのです。

2010年5月11日 (火)

宇宙の真実セミナーメモ--関連動画紹介

書評で紹介している人が多いですが、動画はまた別の意味で役立ちます。

ニール・ドナルド・ウォルシュ~「神さまの言葉:その通り!」
http://www.youtube.com/watch?v=VVQHy7xpNGs&feature=player_embedded
ニール・ドナルド・ウォルシュ~「神さまよりしあわせ♪♪♪」
http://www.youtube.com/watch?v=YILDW--ORz4&feature=related
グレッグ・ブレイデン~「思考と感情がひとつになった時」
http://www.youtube.com/watch?v=Jx2b2nWHK0c&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=hXhRE4UzMks&feature=related
エックハルト・トール~「スピリチュアルに生きるとは?」 (関連画像もいくつもあります)
http://www.youtube.com/watch?v=RZLWuk9la-g&feature=related
ラム・ダス~「魂のメカニズム」(ちょっと短い)
http://www.youtube.com/watch?v=rPO-6zvqnBY&feature=related
エイブラハム・ヒックス~「時空間の現実」(引き寄せの法則)(関連動画たくさんあり)
http://www.youtube.com/watch?v=CjIwqlTTazk&feature=related
ルイーズ・ヘイ 「自分を愛する方法」
http://www.youtube.com/watch?v=kH5MGznphv0&feature=related
ルイーズ・ヘイ~「人生をクリエイトするアファメーション」
http://www.youtube.com/watch?v=HotI93sRH9s&NR=1
ジム・キャリー 想念の力について語る
http://www.youtube.com/watch?v=U0xR3qLNTbE&feature=related
ガンガジ~「今がその時」
http://www.youtube.com/watch?v=_kZ7tYwy9jE&feature=related
ガンガジ~「満たされて生きる」
http://www.youtube.com/watch?v=sKSBpqy_tNE
★「恐れ」からの脱出★アファメーション付
http://www.youtube.com/watch?v=q-Vvrryisrg&feature=fvw
ウェイン・ダイヤー~「見方を変えれば世界が変わる」
http://www.youtube.com/watch?v=Cn6XczNnNcU&feature=player_embedded

壮大なる宇宙のスケール「自分への旅」 (前に紹介したものより良いです)
http://www.youtube.com/watch?v=Mpt11t4RdRQ&feature=related

2010年5月10日 (月)

宇宙の真実セミナーメモ(25)--(24)の続き

こういうたとえはいかがでしょう?

私たちは既に天国に住んでいる。

何でも欲しいものを手に入れ、行きたいところへ行け、やりたいことができる。
この3次元という時空を使って。

道具はワンネス--私たちもその一部ですが--から贈られた肉体。
たった一つの受精卵から私たちの肉体が創り上げられ、今日に至るまで休むことなく動き続ける心臓の鼓動などは、まさに贈り物です。

私たちは肉体の他に、思考・感情・信念という贈り物をもらいました。
それらを道具としてありとあらゆるものが投影できる世界にいるのです。

投影された”現実のスクリーン”は、私たちの鏡。
スクリーンの映画が、望んだものでなければ、それは脚本を直しなさい、というメッセージに過ぎません。
思考・感情・信念がそのまま投影されているのです。

まず、私たちは思考・感情・信念で4次元の「私」を満たします。
その波動が4次元の「私」という入れ物を満たし、あふれたときに、3次元に投影されるのです。

こんな自由自在の時空はまさに天国です。

そうして考えてみると、私たちの現実のスクリーンに生じる全ての出来事や人物を愛することができます。監督し、脚本を書いている、私たち自身が創った映画なのですから。
鏡の法則--出来事は単なる心を映し出すスクリーンであり、たとえば私たちをいじめる人も単なる心を映し出す登場人物ですから。

2010年5月 9日 (日)

宇宙の真実セミナーメモ(24)

鏡の法則--あなたの思ったことが現実になって鏡のように戻ってくる--が受け入れられましたでしょうか?
これまで書いてきた「あなたはあなたの人生の創造者である」「あなたは人生の脚本家であり、監督であり、主役である」(と、いろいろな本に書いてあります)ということを探求していくうちに気づきました。

それらを前提とすると、これまでの歴史上の人物や政治や経済も、全部自分が創造したことになります。
つまり、家族や職場に限らず、社会でニュースになっているすべてのこと、地球の裏側で起こっている戦争も自分で創造したことになります。
歴史上の人物も全部創造したことになります。(あなたの歴史的世界に登場するアインシュタインについては下記の引用参考のこと)
つまり、自分と直接関わりがなくても、地球人60数億人(あるいは宇宙のすべて)が自分の創る映画に脇役で参加してくれていることになります。
道端ですれ違う人も自分で創造した脇役。スーパーで売っている品物もすべて自分が選択するために作られたもの。

宇宙のすべては自分のためにあるのです。とてつもなくスペクタルな脚本です。
あなたが今持っているパソコンも聞いている音楽もあなたの創造の結果です。
あなたの職場の嫌いな人も、あなたの好きな友達も、あなたの心を反映するための役割で登場しています。

と、僕が書いても説得力がないかもしれないので書籍にも登場していただきましょう。

「1つの現実を選ぶために、あなたには”映画”の”目録”のようなものが提示される。
すべての映画はすばらしいもの内容で、それらはあなたの個人的な世界や宇宙を構成する”力”というものを提案する。
でもあなたの世界や宇宙以外では、その力はどんな価値も効力も持たない。
あなたの世界に相対性理論は存在するかい?
それはよかった。ということは、時間や空間というものは実際には絶対的なものではなく、相対的だ、」
--エンリケ・バリオス著/魔法の学校P204

「すると私たち全員がつながっている、ビッグな「スペクトラム」が見え始め、その中で、自分は欠かすことのできない、貴重な「1ピース」なのだと実感することでできるのです。突如として視野が広がり、無数な小さな助け合いのグループを含む、壮大な宇宙のシステムが眼前にくりひろげられます。」
--アーノルド・パテント著/「成功」+「幸せ」と手に入れる21の原則P207

宇宙はパラレル(平行存在)で、無限にあります。
あなたはそのうち1つを毎瞬間ごとに選択してその世界で生きています。

あなたの宇宙はあなただけが創造しているのです。
あなたは人生の脚本家。どのようにも書き換えられます。
好きなように書き換えてください。

※こう言うと、「どんなことをしても良いの」という質問があるかも知れません。
基本的にはどんなことをしても構いません。
ですが、例えば「人の物を盗んでも良い」という脚本を書けば、それを認める宇宙に移動し、あなたは何か盗まれることになります。

本当はもともとあなたの中に脚本を書く力があったのですが、これまでの環境の中で、自分では脚本が書けない、と思っていただけです。
この瞬間から、あるいは明日から、無限大のスペクトラムドラマを描いて主演してみませんか?

2010年5月 8日 (土)

書評--魔法の学校

エンリケ・バリオスの魔法の学校
エンリケ・バリオス著 さいとうひろみ訳
¥1600 徳間書店

著者の宇宙人とのコンタクト「アミ」のシリーズは昔読んだがイマイチだった。
(今読むと違う感想になるかも知れないが手元にない)
アミとの出会いは本当のこと?作り話?というのが気になる。

今回の「魔法の学校」は巷にある「引き寄せの法則」を網羅したような形で
非常にコンパクトにまとめられている(余計な文章も各所に散らばっているのだが)

--以下、要約--
あなたは魔法使いなのですよ。
何でもできます。何でも得られます。
魔法使いだからこそ、「得られない・できない」という現実も創りあげられるのです。

「あなたに起こりえる最悪の事態は、自分が夢見ることを手に入れるのをやめてしまうこと」P129

宇宙はあなたの信念に従います。だからあなたの”可能性”をできる限り広げてください。
宇宙はあなたの、味方です。

どんなことでも可能な魔法の世界へようこそ。

2010年5月 5日 (水)

書評--いま、目覚めゆくあなたへ

いま、目覚めゆくあなたへ--本当の自分、本当の幸せに出会うとき 
マイケル・A・シンガー (著), 菅 靖彦 (翻訳)
¥1680 風雲舎

自分とは?目覚めるとは?
こういった疑問に、従来は宗教的な説明が多かったが、この著者は違う。
類書にはない、身近なたとえを用いて非常に明快に説明している。
スピリチュアルな良書を探している方にお勧め。
ひょっとしたらこの本1冊だけで「悟り」に到達するかも知れない。(数回読み返す必要はありそうですが)

-- 一部要約 --

あなたは幸せになりたいですか?なりたくないですか?

○○が手に入れば・・ △△がどう変われば・・・

条件など尋ねていません。幸せになりたいかどうかです。
何が起こっていても幸せを感じる決心ができるのですよ。

憎しみや悲しみをハートに留まらせておく必要はありません。
出来事をただ、眺めていれば良いのです。
私たちは何もない宇宙空間に存在している惑星に住んでいます。
つまり私たちが空間に浮いているのです。

あと余命1週間だとしたら何をしようと思いますか?
道に立っている樹木を見るのさえ、空を眺めるのさえ幸福を感じるでしょう。
出会う人と何気ない会話できるのさえ大切にできます。
そうして考えてみると1つ1つの体験そのものが輝きを増します。
そうやって日々を生きれば、ちっぽけなことを気にせずに済みます。
至福状態です。

« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »