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2010年5月19日 (水)

スピリチュアルに生きる(48)

過去も未来も存在しない。私たちは「永遠の今」にいる。
スピリチュアルな本は口を揃えて書いています。

過去も未来もない「永遠の今」とは?

例えてみましょう。
小学校時代の同級生でずっと逢っていなくて、これからも逢いそうもない友人。
かつての同級生は今、この地球のどこかで存在しているのでしょうけれど、
すでに「私の世界」の人ではありません。
そんな極端な話でなくても同様。5年間逢っていないかつての同僚は他の世界で生きている人です。

そうして考えてみますと、これまで出逢った人々は「私の世界」の登場人物でした。

私たちは映画の監督であり、脚本家であり、主演者であり観客。
登場人物たちは私たちの人生ドラマにまさしく「登場」してくれる役割があったのです。
私たちは観客席に座っています。ただ、フィルムが巻かれてスクリーンに映し出されているだけ。

私たちは時間と空間という贈り物をもらって時空の中で経験するためにこの宇宙に来ています。

過去を悔やんでも過去は変えることができません。
もう戻ってくることもありません。
嫌な思い出は忘れてしまいましょう。
私たちの人生には必要ないからです。
(ただし、ある本には「過去を書き換える」という、そこそこ役立つテクニックもあります)

そして未来はこれから創るのですが、未来のために現在を犠牲にするのは矛盾です。
(今は幸せでない、と主張しているようなものです)
そう考えると「明るい未来」は永遠に「明るい未来」のままです。
未来は、「幸せな現在」の延長として位置せねばなりません。

「不安」というのはいつでも未来の出来事に対する感情ですが、
それにエネルギーを無駄遣いして現在が犠牲になっていませんか?
(計画性は大切ですが、「不安」というのは計画性とは異なります)
「不安はほとんど実現しない」という言葉があります。
未来の可能性の中のネガティブな部分に焦点をあて、幸せな現在に不安の要素を入れる必要があるのでしょうか?
不安というのを裏返しにするといつでも安心な生活をしたい、ということになります。
であれば、「いつでも安心なためにどうするか?」という方向で考えるのが正解でしょう。

ケ・セラ・セラ(フランス語) という言葉が昔ありました。なるようになる。
今の幸福に焦点をあて、今恵まれていることに感謝する・味わうのを忘れてはいませんか?

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