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2010年5月24日 (月)

スピリチュアルに生きる(49)の3

せっかくなので小学生時代に戻る旅の続きです。
次は国語の授業です。

「むかしむかし、あるところに、じいさまとばあさまがありましたと。」
(おそらく多くの方がご存知の岩崎京子さんの「かさこじぞう」の冒頭です。)

あなたは2年生でこの授業を受けていて、先生から質問されました。
さて、「むかし」というのと「むかしむかし」というのとどう違いますか?
「とても」と「とてもとても」と、どう違いますか?

そうですね。「むかし」を2度繰り返すと「ずっと昔」ということになるのです。
これを反復と言います。反復は強調を表します。

次の「あるところ」というのはどこでしょう?
岩手県と書いても良かったし、雪国としても、山奥としても良かったのに
「あるところ」と書いてあるのはどうしてでしょう?

そうです。これは雪が題材とされていますけれど、雪国である必要はなかったのです。
どこにでも起こりうる話だし、特定する必要はなかったのです。

次の「じいさまとばあさま」というのはどうですか?
まずは「ばあさまとじいさま」ではなかったことに注目してください。
昔は男尊女卑だったのです。

さて、「おじいさんとおばあさん」ならどんなイメージですか?
「じじいとばばあ」では?

これも言葉のイメージを大切にした作者が工夫したのです。

次です(って実際の授業ではこんなに急ぎません)
普通は「ありました」でなくて「住んでいました」というところですよね?
人間なら「いました」であり、「ありました」っておかしいですよね?

そう、通常は「いる」というのは生き物の表し方です。
「ある」というのは生き物以外です。

これで村人にとっての「じいさまとばあさま」は生き物の存在でなく、
単に「ある」という生き物。生き物だけれど生き物でないような、つまり村人にとっては仲間ではなかった次元に位置していたのがわかりましたか?

村人は「じいさまとばあさま」の存在は知っていたのでしょうけれど、
二人は村人との交流がほとんどなかった、というのがこの表現です。

だから「たいそうびんぼうで」(ってのちの記述にありますが)村人の助けを借りることなく
二人で懸命に生きていたのです。

最後のありました「と」というのは何ですか?

僕は○○と言いました。
私は××と聞きました。

のように、「と」というのは伝聞を表します。
これは実際にあった話というわけでなく伝聞ということです。
作者は地方の伝承話を集めてまわったのかも知れません。

最初の文に戻りましょう。
「むかしむかし、あるところに、じいさまとばあさまがありましたと。」
これって、「いつ、どこで、だれが、どうした」ってきちんと書かれていますよね?
みなさんも作文を書くときには、これを忘れないようにしてください。

==おまけ==
話の途中でじいさまは六地蔵に「かさこ」をかぶせてあげますが、
地蔵が6体というのは人間が死んでから行く六道(天上界・人間界・阿修羅界・畜生界・餓鬼界・地獄界)を表します。
人間が死んだら「あの世」に案内してくれるのはお地蔵様なのです。
うそをついたり、友達をいじめたりしたら地獄や餓鬼界に行きます。
真面目に人のために生きていれば、天上界にいけるかも知れません。
みなさん天上界にいくためにどうやって頑張れますか?

=====
また、少しは小学生に戻れましたか?

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