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2010年6月29日 (火)

スピリチュアルに生きる(70)

チャネリングで気づいたこと(4)

ここに、ある意味の「悟り」があるかも知れない。
と、言っても覚醒体験や至高体験のことではない。
「無理に至高体験や覚醒体験をしなくてもよい」ということを悟る。

「あるがままの自分」を認める。
悟りたい・覚醒したい、と言っているうちは、悟っていないことを強調し、そこにしがみついている。
「悟れなくてもいい」こう考えると何と楽なのだろう。解放されるのだろう。

「あなたは既に悟っている」というのだから、あとは本当の覚醒の時期だけの問題だ。
「今のままで良い」
それは、諦めることでもなく、我慢することでもない。
今の自分をあるがままに愛することだ。このままの自分を愛せたら最高だ。

至高体験などしていなくても、体験した人と同じように生きることはできる。
部屋が自分であり、もっと大きなエリアも自分であり、宇宙が自分である、と考えることはできる。
意識が繋がりあっていると考えれば、植物と心を通わせ、星と会話し、すべては自分だと考えることができる。

本当は3次元的な「思考」や「信念」を超えたところに覚醒はあるだろう。
でも、道を歩きながら「私は宇宙空間を移動している」と感じることはできるし、
見るものすべてを愛することは、きっとできるだろう。

自然の中に神を見るのもできる。
出会う人すべてが天使だと感じることもできる。(ちょっと練習が要りそうだが)

愛が宇宙そのものなら、僕が自分を、人を、そしてすべてを愛することで、
愛に満たされ、愛そのものになる。つまり宇宙そのものになる。

まだ覚醒していない部分も、あるがままに認めよう。
愛とは無条件なのだから、覚醒していない自分も愛することができる。

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