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2010年6月28日 (月)

スピリチュアルに生きる(69)

チャネリングで再確認できたこと(3)

「何も欲しいものがない」状態は「欲しいものをすべて手にしている」状態と同じ。
あるいは「今、持っているもので充分」という波動。
実際に今、すべてを持っているかどうか、は関係ない。

私たちは「お金がもっとあれば」「素敵な恋人がいれば」「○○さえ手に入れば」などと、自分の幸福に条件をつけている。
だから条件つきのままなのだ。
私たちはあるがままで幸せなのに、ひょっとして、不幸の条件を上塗りしていたのではないだろうか?上塗りを手放せばいい。
外に幸福を探すから、いつまでも満たされない。
「もっとお金があれば」と思っていると、お金が手に入っても幸福ではないだろう。
それは自分の幸福を、お金に依存しているから。お金次第で幸・不幸が決まると思っているから。
さらに、「もっとお金があれば」と思っていると、引き寄せの法則によってその状態が続くだろう。

時給¥800でも仕事に喜びを感じている人と、年収¥1000万でもストレスだらけの人とどちらが幸福だろう?
あるいは、比較しても意味がないかも知れない。
比較をすると、やはり自分より収入が高い人が幸福に見えてしまう。
これも、お金次第で幸福が決まると考えていることになる。

幸福を外に求めるということは、外の世界を常に幸・不幸の二極性で見ていることになる。
幸福探しが、いつの間に、人の悪口を言ったり、愚痴をこぼしたり、不満をぶちまけたりするようになったのだろう?
そんなところにフォーカスしてれば、法則によりその状態が続く。
しかも、幸福を「探して」あるいは「求めて」いれば、その状態が続くだろう。

収入が高いに越したことはない。
しかし、自分の幸福は収入とは何の関係もない、と認めさえすれば、お金の呪縛から逃れることができる。
「○○が手に入れば嬉しいが、たとえ手に入らなくても幸福であることができる」と考えることもできる。

幸福とは、喜びが続くこと、あるいは感謝することの連続、としよう。
これなら既に書いたように、自分が今持っているもの・あるもので満足すれば良いだけになる。

幸福になりたければ幸福でありなさい、と教えは説く。
(「幸福になりたい」ということは、今は幸福ではない、と宣言していることになるから)

質問「あなたは今、幸福ですか?」

ここで躊躇したり、「○○だったら」などと条件を頭に浮かべてはいけない。
まだ、外部の条件に依存していることになる。
本当の幸福とは無条件であるはず。

何が起ころうと、幸福であることができる、と教えは説く。

そしておそらく究極の喜びは「生きていること」そのものに見いだせる。
この世に存在し、様々なものを見、聞き、体験できることに感謝すること。

どんな些細なことにも幸福を見いだすことができる。
道を歩くことにも喜びを覚え、道端に咲く草花を愛で、雨を天の恵みととらえ、人と会話することを楽しむ。
仕事があることに感謝し、健康な身体があることに感謝し、スーパーでの買い物は数千種類の中から好きな食材を選べることに感謝する。
書店や図書館に数万冊ある本から好きなものを選べる。最近のTVは数十番組から選択できる。

そして、私たちは「幸福であること」さえ選択できるのです。

外の世界に幸福を探して見つからなければ、自分の中にある、ということになります。
未来で幸福になれるなら、今でも幸福になれるはずです。
出来事がすべて神の贈り物である、と知るとき、これ以上の感謝はありません。

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