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2010年7月 3日 (土)

スピリチュアルに生きる(72)--(71)の続き

おそらく・・・
私達は悟っている。
そして、すべてを持っている。
何にでもなれるし、何でもできる。

私達は無限の存在なのに、思考や概念のベールを被せて本当の自分を見えなくしている。
「それ」がガンガジが「ポケットの中のダイヤモンド」で書いているように、思考や感情よりも自分の近くにある。一度気づけば「どうしてこんなに簡単なことに気づかなかったのだろう」というところにある。

幸福や不幸、裕福と貧困、ポジティブやネガティブ、光と影などの二元性の背後に真実がある。

「金がないと幸福になれない」
「一生懸命働かねば金持ちになれない」
「頑張って勉強せねば良い学校に入れない」

親や社会から教え込まれた、これらの背後に真実がある。

そして、最大のパラドックスは--僕もずっと書いていることであるが--ポジティブに考えなければ幸福になれない、と思い込んでいればそうなる、ということ。
おそらく、真の幸福はポジティブとかネガティブを超えたところにある。
ポジティブであろうと、ネガティブであろうと、それらは幸福な状態に影響しない、と思うことこそ最大の幸福のあり方なのではないだろうか?

私達は美味しいものを食べた時に喜びを感じる。
好きな人と一緒にいるときに幸福を感じる。

つまり、条件によって、いつでも喜びや幸福を感じるその心が元々私達にはある、ということだ。
では、その「条件」を緩和すれば良い。
前に書いたように、裕福というのはお金の金額のことではない。
幸福も、本来は条件と関係なく得られる。
要するに、何もなくても幸福であり続けられるかどうか、は自分次第。

そして、「至福」はこの世界の概念を超えたところにある。
実は、いつでも至福の状態にあった。それを忘れていただけ。

==
以上がこの世界の言葉で説明できるギリギリかも知れない。
真実はこの世界を超えたところ、--言葉や理論--でないところにあるはずだから。

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