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2010年7月25日 (日)

スピリチュアルに生きる(83)

30年来の友人と逢いました。(半年に1回位、逢っている)

彼は東京の東、足立区に住んでいて、僕は東京の西、日野市に住んでいます。
立川で待ち合わせしました。(東京の地理に詳しくない方、意味不明ですよね?ごめんなさい)
立川は日野市の隣です。つまり彼は新宿経由で遠路、僕に逢いに来てくれたのです。

飲み屋でゆっくり話しました。
彼曰く「今、新宿が存在するのか? 自分の家にいるといつも思う。俺は存在しないと思う」
僕「自分が観察するときだけ(量子論ですね)存在する。」
彼「俺が言っていること理解できているの?」
僕「もちろん。今はすぐそこの立川駅でさえ存在していない。自分が駅に行った時だけ存在するんだよ。
この(飲み屋ですね)空間だけが現実であって、隣のブースでさえ存在するかどうかは不明。」
彼「そうなんだよね。だから時々、確かめに行ったりする」
僕「確かめに行けば、その時だけ存在するよ」

彼は(僕が彼の感覚を理解していることを)納得いったようでした。

僕「このブース(一緒にいった飲み屋はブースで仕切られているのでした)だけが五感で確認できる現実。他には何も存在していない」
彼「そうなんだよな」

====

彼は感覚で理解しています。(結構、悟っているような・・・)
僕は理論だけです。彼には僕に見えていないものが見えている。
でも、ひょっとしたら、僕が人生の仕組みを知るキーパーソンなのかも知れない、と思いました。

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