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2010年7月 2日 (金)

スピリチュアルに生きる(71)

僕は、今朝、起床したときに思った。
「どうして僕はこの世界に生きているのだろう」

(以下は前に書いたことの繰り返しになりそうですが・・・・)
===============

「この世界は幻想」とマスター達は説く。
だが、幻想の世界の中にいたままで、そんなことを言われても理解できない。

では「この世は霊界」としよう。
霊界なら僕にも説明できる。

霊界とは、魂が、自分のいる世界を自由に構築するところ。
時間も空間も関係なしに、思ったことが直ぐに実現する。
(我々が見ている夢も同じ)

そして、自分の波動に合った次元に生きることになる。
善人は善人があつまった次元へ。
泥棒は泥棒だらけの世界へ。
それはちょうど、ゴキブリが汚いところを好むのと同じで、自分が居心地が良い世界に生きる。

さて、この、今生きている世界が霊界の最底次元だとしよう。
つまり、思ったことが実現するのが時間差があるだけで、仕組みとしては霊界と同じ、と仮定する。
(確かに、それ以外は霊界と同じだろう)

ブルース・ウィルス主演の映画「シックス・センス」をご覧の方も多いかも知れない。
映画の中で、ブルース・ウィルスは最後まで自分が霊であることに気づかなかった。
そう、私達も同じかも知れない。

私達は物質世界を体験するために肉体の中に入り込んだ霊。

「あなたは既に悟っている」
言葉を変えれば、「あなたは無限の存在である」
無限の存在の私達が、有限の体験をしたかった。
(どうして? 二元性を体験するために。--このあたりは「神との対話」に詳しい)

「無限」を知るには「有限」を知らねばならない。
だが、自分が無限の存在で、「有限」を創ったことを覚えていたら、本当の体験にはならない。
だから、自分が無限の存在であることも忘れる仕組みに自らを放り込んだ。
それこそ真の体験となる。
(このあたりはバシャールとか関野あやこが言っている)

無限の存在にとって、最大の喜びは、有限の存在に自らを追い込み、「自分は無限だったのだ」と気づくこと。
有限の世界で迷ったり、悩んだりした経験が多いほど、その真の自分の姿を知る喜びは大きくなる。

お金持ちは貧困生活を送ることができる。
一ヶ月に使うお金を5万円と制限すれば良いのだから。

同様に、無限の可能性を持った私達も、有限の中で生きることができる。
無限の存在である私達は、有限という枠や壁を創ることができたのだから。

さて、無限の存在である自らを自覚するにはどうした良いのだろう?
それは「私達は無限の存在から、この地球の有限の体験をしようと決めてここに来た」ということを知ることである。
この概念は難しい。ヒントはおそらくこれまで紹介した動画の中にある。
ひとつだけ再度紹介しておこう。
http://www.youtube.com/watch?v=kL3Zr5f9WfU&feature=related

彼らは「本当の自分」を見ている、と思われる。
羨ましいが、私達にも本当の自分があるのだから、それに気づけば良いだけだ。

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