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2010年7月22日 (木)

スピリチュアルに生きる(82)

僕は囲碁やオセロと言った室内ゲームが好きです。
パソコンのゲームが好きな方も多いことでしょう。
あるいは、スポーツもゲームの要素があり、好きな方も多いでしょう。

パズルはほとんどの方が多かれ少なかれ、好きですよね?

さて、これらのゲームは対戦相手が必要です。
また、難局もなければ楽しめません。

さて、人生も同じです。
人生というゲームを、難題が与えられた、どうやって楽しもうか、と受け止めることもできます。
逆に、「負け」を認めて降参し、妥協の生活を送ることもできます。

発想を変えるだけで、問題が楽しみになるのではないでしょうか?

僕が今、楽しんでいるゲームは言うまでもなく、「人生の仕組み」を知るということです。
これこそ最大のパズル。

ともあれ、人生の課題に「ゲーム」という楽しみ感覚で対応すれば、課題の方から去っていくような気がします。

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さて、本当の意味では、私たちは「二元性」「二極性」というゲームの世界に入り込んでいます。
本当は「すべては一つ」なのに、幸福-不幸、健康-病気、裕福-貧困、楽しみ-苦しみ・・・

「すべてが一つ」ならそんな二元性は存在するはずはありません。
それに気づくのまで二元性の世界に留まるというのが、このゲームなのでした。

二元性を超えたところに真実があります。
一見したところ、苦しいような体験はあるでしょう。そこ苦しみ手放すところに解放があります。ゆっくり考えてみてください。苦しみを手放せませんか?
難題が目の前にあっても、苦しみと思わずに、パズルだと思うことはできるのではありませんか?

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