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2010年11月28日 (日)

「スピリチュアルに生きる」のカテゴリーはしばらくお休みにします、と書いてしまったのでこちらにかきます。

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肉体を創り上げているものは何だろう?--もちろん物質ではないから--命そのものだろう。
感情を創り上げているエネルギーは何だろう?--それは感情以外から来るはず。
思考をの源泉は?--それは思考することによっては答えが得られない。
だから瞑想によって思考を止め、単に感じるしかない。

肉体や感情や思考を自我と呼ぶこともある。
それを観察することはできる。
自我の背後に真我がある。

分離?
そう分離していなければ、観察などありえない。分離がなければ個々の肉体も感情も思考もありえない。

肉体を創り上げているものがすべての生き物やすべての物質も創ったのだろう。
自分の肉体と周囲の物質は同じ素材なのだから。

素材?
そういえば感情や思考の素材は?

感情がなければ、宇宙を味わうことができない。
そう、感情は宇宙を味わうための選択肢。感情を創ったものによって選択の自由が与えられた。
最高の感情から最低の感情までが感情の創造主からの贈り物。
だから味わえる最高の感情を味わっても良いのだ。
感情は選び取れるのだ。
創造主のプレゼントを最高に生かすべきなのだ。
たくさんの絵の具の中から好きな色を選んでキャンバスに絵を描けるように。

思考がなければ物質界で判断ができない。どんな思考もできるということは、感情と同じく、最高の思考を選ぶ権利があるのだ。

思考・感情・肉体、それらは何かの土台の上に置かれたとしよう。
壁や窓や床など、家を作るのは土地の上の空間だから。
自我は「空」の上に創られた。

「空」が私たちの本質というマスターがいる。
でもちょっと待てよ、それでは寂しいのでないか?
「寂しいというのは感情です」という声がする。
だから私たちは自我を放棄するのが怖いのかも。
ともあれ、私たちは「空」と共存している。

「空」の上に「時間」「空間」も創られた。
「創ったのは自我です。」という声もする。

虹の7色は、--光の三原色でも構わないが
すべての色が集まれば何色でもなくなる。

「空」というのは何もない、という意味でなく、「すべて」という意味かも知れない。
「色即是空・空即是色」

思考・感情・物質は「空」の土台の上に創られたとして、
創ったのは誰?(または何?)

思考・感情など自我の加工をするのは自分たちとして、その素材の創造主は?

(考えを創造したものを考えても答えは得られないので、ただ感じてみる。)
「自分だ」と感じる。

創造主は自分の外に何か創る無意味なことはしないはず。
だから自分の中に宇宙を創り、人間も、他のすべても創る。

そう、私たちは自我と「空」と創造主と共存している。
(「空」と創造主は同じかも知れないが)

私たちは常に、創造主と共にあるのだった。
(いや、私たちが創造主なのであるのかも)

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