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2010年11月14日 (日)

スピリチュアルに生きる(97)

至高体験をされた方を紹介しているところは
http://www.geocities.co.jp/noboish/case/index-c.html
ちょっと情報が古いようですが、(最近更新されていない?)
ガンガジとかエックハルト・トールとかも紹介されています。

で、至高体験というのは、上記で紹介されていない、阿部敏郎さんとか雲国済の本を読むと
○すべては愛
○宇宙のすべては自分--自分とすべては一体
のような体験をされているようです。

その説明の中に、至高体験は自分から呼び込むものでなくて、自然にそうなる、とありました。
一生懸命に体験したいと思ってもダメなのですね。

たしかにそれは感情や考えよりも近くにあることまでは分かります。
それらを観察する”自分”の本質はたしかに感情や思考を超えています。
自分を観察できる部分があるのです。
それが自分の本質。それをこれまで説明してきました。そこまでは分ります。

しかし・・・宇宙の本質が分からない。

こんな書き言葉でなく、理性や理論を超えたところに真実があるようです。
理性や理屈は本質の上に創り上げられたもの。宇宙の真実は理論を超えたところにあるのだ、ということです。
そして、至高体験というのはその時(ふさわしい時)にやってくる、と書かれていました。

で、僕は「悟りました」
悟りや至高を体験しない自分のままで良いのだ、と。

「悟っていない自分をそのまま100%認めることが悟りである」
「自分はそのままの自分であれば良い」
言葉にすると矛盾ですが。

至高を体験しないままでも構わないのが宇宙です。
ありのままを認めるのが宇宙です。

「至高体験」を求めて僕は今まで生きてきたような気がします。
(求めるというのは自分の外にあるということ--までは分っています--本当は既に悟っているのに)
悟りの境地になりたいよ~、というのは自分が悟っていないこと。
「すでに皆さんは悟っている。ただ忘れているだけ」と・・・・阿部敏郎さんは言います。
ガンガジは「既に知っていた」と言います。「あまりに近くにあったので気づかなかった」と。
それで僕はちょっと前にここで書きました。
「自分の思考とか感情を観察する高次の部分があるのです。その部分が本当の自分なのです」と。

つまり、三次元に生きる自分があり、高次元で生きる自分もあるのです。

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