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2010年12月25日 (土)

スピリチュアルに生きる(103)--(102)の続き

あるがままに―ラマナ・マハルシの教え]
という本に興味があります。

しかし、これを読むと(amazonのレビューを参考にすると)深めるために

過去にも未来にもとらわれない生き方
ステファン・ボディアン ¥ 1,785

アイ・アム・ザット 私は在る―ニサルガダッタ・マハラジとの対話

誰がかまうもんか?! ―ラメッシ・バルセカールのユニークな教え―

今ここに、死と不死を見る―自分の不死の中心を発見する
ダグラス・E・ハーディング ¥ 2,100

生は「私が存在し」て初めて真実となる
G.I. グルジェフ

この本に真実は何もないしかし、それがまさに現実なのである
ボブ・フリゼール

<わたし> ―真実と主観性
デヴィッド・R・ホーキンズ

あるヨギの自叙伝
パラマハンサ・ヨガナンダ

などの本を次々と購入せねばならないようなので検討しています。
=========

とりあえず、各レビューやその他のサイトを検索した感想を述べましょう。

「今、ここ」であなたは既に悟っている、というのはよくわかりません。
悟っている人はこの3次元世界の言葉ではうまく説明できない、と言います
まず、「ここ」ですが、これは今いる北緯*&東経*度*分*秒でなくて、すべての場所に自分は存在している、ということのようです。
そして「今」ですが、時間というのは幻想で「今」しかないそうです。
時間直線を書いてみましょう。

--×--+---×--×--
  昔  今  10分後 1年後

ブログではうまく表示できませんが、縮尺がおかしいのは、そもそも時間は直線的に変化するものでないし、対数目盛に近いからです。

要するに、マスターたちの教えでは時間というのは「永遠」と「今」と全く同じ意味であり、
過去や未来というのは「今」という時間の上に築かれているそうです。

「今・ここ」以外にも「私」というのがあります。
「私」は肉体の中と意識してしまいますが、「私」という意識を「家族」に広げることはできますよね?
曰く「家族は幸福になりたい」「家族は大切だ」etc・・・・
それを少しずつ広げた概念にするのです。
地域・・・自治体・・国・・星・・太陽系・・・
すると、「私」が広がります。
「私」を肉体に留める必要があるのでしょうか?

「私たちは最初から悟っている」というのもそのあたりです。
「今・ここ」と「時間」も「場所」も知っていた--設定した?--「私」の中に定義や解釈を持ち込んでいるだけ。

「今・ここ」と言うからには
「今」という時間の基準(土台)があるから未来と過去があるのであり、
「ここ」という基準があるから3次元的空間が認識できるのです。

「時間」は「今」が過去にも未来にも永遠に広がっている。
「ここ」という場所からはすべての場所に広がっている。

そもそも「今」がなければ時間は存在しません。
「ここ」も同様。

・・・・・・・悟った人がうまく説明できないのに、悟ってない僕が説明するには難しいです・・・ウーム。

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