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2010年12月 8日 (水)

ACIM(4)

2/3くらいまで読みました。

第15章「神聖な瞬間」から数章はやはり「悟り」についてであった。
少し前に阿部敏郎さん他の悟りの本を読んだが内容的にはかなり近かった。
それをACIMでは「神聖な瞬間」と書いているだけのようだ。

「いかなる瞬間にも、肉体は全く存在しません」P530
まあ、時間を極限まで狭めた瞬間には何も存在しませんね。だけどそういう意味なのだろうか?

21章は心が投影する法則(?)のようなもの
「投影が知覚を作ります。あなたに見える世界はあなたが世界に与えたものであり、、それ以上の何ものでもありません・・・・それはあなたのマインドの状態に対する証人であり、内側の状態が外側に写された写真です」P607
これって鏡の法則のようなものかな?いやいやすべてが幻想なのだから、ちょっと違う。
おまけに幻想を追っても意味ない、とあるので、成功哲学とは真っ向から対立する。

「苦痛をとおして学ぶ必要はありません。そして優しいレッスンは喜びの中で獲得され、喜びをもって思い出されます」

少し後からこれまで登場しなかった「理性」という言葉が登場する。

==超要約==
あなたが見える世界は幻想に過ぎない。諸行無常、盛者必衰。
時間は存在しない。これも幻想。
エゴを捨て、早く悟りを開いて涅槃に行きなさい。
=======
もちろん「涅槃」でなくて「天国」と書かれているのだが、どうしても仏教書を読んでいるような気分になる。

Nothing real can be threatened.
Nothing unreal exists.
Herein lies the peace of God.

実在なるものが脅かされることはあり得ない。
非実在なるものは存在しない。
ここに神の平安がある。

幻想を追っても意味ないのは判るのだが、「この世界」に生きている限り、生計を維持しなくてはならないし、その他日常のことがたくさんあるのだが、それについてはこれまでのところ、書かれていない(ようだ--ページ数が多いので1回目は流し読みなので)。
ただ、悟れば(実在の世界に行けば)時間が消滅するという。

すべてが同時に起こっているなら悟りも既に起こっている??(これが阿部敏郎さんの本にあった「あなたは既に悟っているのですよ」ということかも)

ということで、ACIMの解説書である「神の使者」「不死というあなたの真実」ゲイリー・レナード著にざっと目をとおしたが、
同じことだった。(こちらの方がずっと読みやすいが)
こちらでは「赦し」が強調されている。すべてを赦す。1つ赦すと赦すべきレッスンを1つ完了してもう経験することがなくなる。
それを繰り返し、赦すべきことが何もなくなったとき、時間を超越する、のだそうだ。

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