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2010年12月17日 (金)

スピリチュアルに生きる(101)

「自分はどうしてこの時空の中にいるのだろう?」と感じたことのある方はいらっしゃいませんか?
そうなのです。あなたはこの「時空」を”観察している”存在なのです。
時間と空間は認識できるから私たちは時空の外から観察していることになります。
時間と空間という制限を味わうために肉体や感情や思考を創ってその中にいて、
時空は自分が創っただけであり、本当は何も起こっていない、とマスターたちは教えます。

愛は無条件です。
「相手が愛してくれたら」
「**を満たしてくれたら」というのは条件であり、取引です。
条件を超えたところに本当の愛があります。

私たちは自分のことを本当に愛しているでしょうか?
貯金がいくらになったら、恋人ができたら、良い仕事に就けたら、と条件をつけて幸せを先延ばしにして、
今幸せになろうとしないのは何故?

不平不満を言うということはその原因の存在を認めているということです。
自分の世界にそんなものはない、と思うのです。その世界から離れるのです。

自分の世界に幸せを呼ぶのでなく、幸せの中に自分を置くのです。

現実化はそのものの存在を許すことによって(ネガティブでもポジティブでも)起こります。

起きていることに良い・悪いの判断をすることを手放せば楽になります。

すべてを受け容れることは我慢することではありません。
我慢そのものに「その出来事は悪い」という価値判断が含まれているのですから。
価値判断を手放すのです。

執着を手放すと楽になります。(期待しても結果に執着しない。)
すべては天からの贈り物。

ひょっとして、天が成功させてくれようとしているというのに、私たちは失敗にしがみつき、成功をこないようにしているのかも知れません。

どうしようもない状況にいたら、そこにしがみつかないで運を天に任せよう。
そうしたところで今よりもっと悪くなることはないのだから。

「**せねばならない。」と思うとき、**をしていない、今の自分を否定しています。
あるがままで良いのです。

生きている、と思うと苦しくなるのです。
生かされている、と思えば気が楽になります。

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