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2011年2月28日 (月)

書評--黄金の約束(2)

前回の書評に「生きる目的」ということでコメントがつきましたので、ここで簡単に書きたいと思います。

「生きる目的」を考える時は実は生きていて辛い時です。
思い切り楽しいことをしている時にはどうして生きるのか?なんて考えません。

○フーテンの寅さんのシリーズの最後の方ですが、ミツオが寅さんに聞きます。
「人は何のために生きるのか?」
寅さんは答えます。
「ずーっと生きているとたまに”生きていて良かった”と思うことがあるだろ? そのために生きているんだよ。」

○生きる目的なんてものはない、と書かれているスピリチュアルな本もあります。
つまりあなたは存在するだけでOKなのだ、と。

○生きることは修行であり、魂の向上だ、というのもあります。
この世に生まれて、色々な経験をすることで、魂が成長するのです。

○僕の現段階の考えとしては・・・
人間は神に似せて創られた創造主。
つまり神が体験をして楽しむために「個という存在の」物質の姿をとったのです。
ですので、生きる目的は幸福になるため。

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コメント

丁寧にお答え下さりありがとうございます。

今、私は1歳3ヶ月になる娘の子育て中です。娘が1歳になり、育児に少し慣れてきたので図書館によく行くようになりました。

それはもっと自分を成長させたい(啓発やビジネス書)のと娘の絵本を借りられると思ったからです。
主人と結婚し子供も授かり私は幸せを感じてるつもりでした。でも、もしかしたら潜在意識では幸せだと思っていなかったのかもしれませんね。

ハッピー子育て(育児の参考に)という本が読みやすかったので同じ著者のベストセラーという「なぜ生きる」を読んだらその答えが理解出来ずかえって混乱してしまいあのようなコメントをしました。突然書評に書き込みし、失礼しました。
このブログと出会ったのなの縁なので学ばせて頂きます。
ご丁寧にありがとうございました。

==========
Yeonsoより
どうもありがとうございます。
このブログを追っていくのは大変なので、このブログにも表示されているリンク「スピリチュアルに生きる」(このブログの抜粋)
http://homepage3.nifty.com/yeonso/bun30.htm
をご覧いただいた方が読みやすいかと思われます。
読んだ上での分かりにくい点などのご質問はいつでも受け付けます。(ネットアクセスに数日がかかる場合がありますが)

またまたコメントさせて頂きます。

まだ全てを読み進め理解した訳ではありませんが、拝見してなかなか面白いなと感じています。楽しいです。

少し前ですがタイガーマスク運動というものに参加してみました。(ニュースを見ないとおっしゃっていたのでご存知かわかりかねますが)孤児院や施設に寄付をするというものです。

自宅近くにはなかったので主人の職場の近くの施設に子供達の笑顔を願う手紙とわずかながらのお金を入れて送りました。

主人には「その子達は幸せかもしれないからね(私の行動は上から目線かもね)」と言われたりネット上では偽善者とバッシングもありましたが、私は行動に移しました。

そして最近主人の言ってた事が少しわかる気がしました。

私は施設の子供の幸せを願ったつもりだったけど幸せになったのは私の方だったと思いました。(子供達が笑顔になるのを想像して)
そういえば娘を幸せにしたいと思っているけど幸せをもらってるのは私の方だ。と思いました。

幸せを気付くというのは、どんな人にも平等にあるのだな〜と感じた出来事でした。

きっと良い(ポジティブ)も悪い(ネガティブ)も見方次第でどちらもあるようでないのかもしれませんね。

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Yeonsoより
すべてが一つ、というのは僕がこれまでに書いてきたことですが、それを実感できるのはうらやましいです。
つまり「人に優しくできるのは自分に優しくすること--すべてが繋がっているので、自分の前に顕現することは自分の心の反映なのだ」ということです。

様々な社会運動がありますが、タイガーマスク現象はその一つかも知れませんね。

こんばんは。
Yeonsoさんにうらやましいなんて言ってもらえて光栄です。

ただ私は悟とか覚醒とか理解できていないし2012年問題でしたっけ?(今日YouTubeを見た)あれについてはかなり??でした。
たとえ私が悟れる人、高次元の人?になれたとしても1歳の娘もそうなれというのは難しい。ならば悟らずこの今の地球に居よう。と思いました。

今を大切に。幸せを見つける旅を私は家族と一緒に続けて行きます。

ブログで色々学べました。ありがとうございました。
=============
Yeonsoより
1歳の娘さんは既に悟っています。
というより、私たちは悟っている世界から、この物質の世界に生まれてきたのです。
ですから、生まれた瞬間は誰でも悟っています。
成長するにつれて、感情や欲望や思考といったものが(自我=エゴ)増えてきて、本来の悟った状態を忘れてしまったのです。
ですので悟ったマスターたちは、口を揃えて、「エゴを捨てなさい」と言うのです。

度々のコメントで恐縮です。人様のブログこんなに介入(コメント)してしまっていいものか…と思いましたがもう一度だけ失礼します。不快だったら申し訳ありません(>_<)

もしも私達が宇宙の一部ならなぜネガティブというモノを創ったのでしょう?なぜ痛みを創ったのでしょう?(子供を産み出すのは言葉に出来ないくらい痛かったです。でも、もう一人産みたいと思ってますが…笑)
やっぱりネガティブはあるようでないというのが私の結論です。あるとしたら幸せになるためのサインでしょうか。

例えば一つ私の過去のネガティブを出してみれば…私は父が嫌いでした。(父を認める、受け入れるにはかなりの時間がかかりました。)だから18歳で家を出て東京に来ました。そして紆余曲折ありながら家を出たお陰で今の家庭があります。地元で暮らして居たら主人と出会う確率はかなり低いと思います。
だから過去のネガティブがあったから今の自分がある。「全ては完璧」確かにその通りです。

そして幸せを気付くのは平等です。例えば施設で暮らす子や戦争をしてる国の人(道徳的に良悪ではなく)もしかしたらこの方達は私よりもはるかに1日1日生きている喜びや強い家族への想い愛があるかもしれません。
このブログに出会うまで私はどこか幸せ探しをしていた気がします。でも幸せに気付く生き方をしたいと思うようになりました。
だから本当にこのブログに出会えて感謝です。ありがとうございました!!
===========
Yeonsoより
コメントは大歓迎ですのでご遠慮なく。というよりコメントが少なくて寂しい思いをしているくらいです。

さて、ご質問に対する僕の考え方です。
[もしも私達が宇宙の一部ならなぜネガティブというモノを創ったのでしょう?なぜ痛みを創ったのでしょう?]
私たちが宇宙そのものの高次元の世界にいた時、完璧で完全な存在でした。
しかし、「完全な光」であることをしっかり自覚するには「闇」が必要だったのです。闇が存在してこそ光が分かる。
これを二元性と言います。
上があるから下がある。プラスとマイナスがなければ電気は存在できません。右と左、ネガティブとポジティブ、悲しみと喜び、など対極のものがあって初めて存在でき、自覚できるのです。
物質・肉体という制限のある世界を経験して、初めて制限のない世界を完全に知ることができる。
世界から分離している、ということを経験することによって、分離のない世界(=ワンネス)の素晴らしさを完璧に知ることができる。そのためにこの3次元世界に下りてきたのです。(これは僕のオリジナルな意見でなくて、スピリチュアルな本の、かなり共通した見解です)

そして、「産みの苦しみ」があってこそ、世界で一番強い愛、すなわち「母親の愛情」というものが生じるのではないでしょうか?

ポジティブとネガティブも片方だけでは成立しません。
ただし、出来事に対してポジティブな反応をするかネガティブな反応をするかは自分で決められます。
「人間万事塞翁が馬」(←これで検索するとどんな故事だったか分かります)
出来事はただ起こっています。
それをどう受け止めるか?
視点を変えることによってどんな出来事にも感謝することができるのです。

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