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2011年2月14日 (月)

スピリチュアルに生きる(105)

いつも同じようなことを書いています。--それはいつも同じ”気づき”の世界に僕が留まっているからかも。
だから今回の文章もまとまっていません。

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今日、肝心なことを全く書いていないのに気づきました。
すなわち、このブログは幸福になるためにはどうしたら良いのか?という引き寄せの法則や成功哲学と
「この世界は幻想」という覚醒と混在していますが、それをどう結びつけるのか。

こられはアプローチが全く異なるようにみえて実は一つの真実を語っているような気がします。
(ちょっと前に書いた「唯識」がヒントになりそうです)

amazonで、ある「覚醒の本」の著者からは「ザ・シークレット」はエゴの塊と批判されているようです。
(僕はまだ読んでいないので書名は掲げられません)

たしかに、”エゴ”が悟りの邪魔をしている、という視点ではそうです。

ニール・ドナルド・ウォルシュは「神とひとつになること」の中で、「この世は幻想だけれど、幻想だからこそ、その中でしか体験できない二元性を意識し、
最高のビジョンの最高のバージョンの自分を生きなさい」と書いています。
そうでなければこの幻想の世界が存在する意味はないから。
幻想の世界を創ったのは、二元性の中で最高を生きる喜びを知ることだから。

そして幻想の世界でしか物質的な世界に「生きる」はありません。
極端なたとえをしましょう。

「この物質世界」が存在しないとします。
私たちは”魂”あるいは”スピリット”そのものであり、創造主と一体であり、100%ポジティブです。

しかし、多くのスピリチュアルな本に書いてあるように
「100%ポジティブ」というのはネガティブが存在しなければ認識できないことになります。
そこで、ポジティブ--ネガティブという二元性を創造した。
するとポジティブである世界を歓喜できるのです。

私たちは100%ポジティブであり、成功者であり、無限の存在であり、愛そのものです。
それを確認するために、ネガティブや失敗者や有限や恐怖を創造したのです。
なぜなら対極がなければ、本当の認識や喜びには至らないから。
(って、僕が言っているのでなく、レベルの高いほとんどの本に書いてあります)

考えてみましょう。
「私」が宇宙の唯一の存在であり、想像の中ではあらゆることが自由だった。
日常、普通に空想する時がそうですね。
それだけの世界ってあまりにもつまらない。
それより、今いる物質世界があったほうが面白いでしょう。

そうして制限のある世界を創りだした。
私たちは二元性のゲームをしているだけなのです。
将棋というゲームはほとんどの方がご存知だと思います。
相手の王将を取り上げれば良い。
簡単です。指で摘みあげれば良いのです。
それを複雑なルールにして取れないようにする取り決めだからゲームです。
(これは前に紹介した都留晃一さんのメッセージ集にもありました)

本当は無限に幸福なのに
幸福--不幸 というゲームに入ったのが私たちです。
いつでも止められます。
ところが、そういうことを覚えているとゲームが楽しめないので
ゲームであることそのものを忘れてしまう、ということも工夫してしまいました。
(これもスティーブ・ロウザー著「リ・メンバー」他に書いてあります)

この世界は幻想であり、ゲームです。
悟っているから「悟っていない」状態のゲームに参加できるのです。

幻想ですからいくらでも変えられます。
(と、言っても、幻想から抜け出すのはできません。--それはあの世に戻ることだから)
ACIM・他に書いてありますように「過去も未来も存在しない。すべては同時に起こって完結している」
ヴァジム・ゼラントがリアリティ・トランサーフィンの中で書いているように「すべての可能性はバリアント空間(高次の世界)に存在し、僕たちはその一つを選択しているだけなのです。

だから、辛いことや悲しいことがあったときに「これは幻想だ」「無限の時間の中でのごくわずかな時間に幻想の世界で体験しているだけ」という感覚は救いになるのではないでしょうか?

申し訳ありませんがネガティブな例から書きましょう。
明日、あなたは・・・・
○お金をなくすかも知れません。
○事故に遭うかも知れません。
○犯罪の被害に遭うかも知れません。

さて、こういうネガティブなことは可能性としては現実的であるのに

○1億円拾うかも、あるいは突然の遺産相続の話があるかも
○芸能界から突然スカウトされるかも
○高額なものをプレゼントされるかも
○理想のソウルメイトが目の前に現れるかも

というポジティブなのはどうして現実の可能性としては比重が低いのでしょうか?

ここに人生の成功へのヒントが隠されているような気がします。

人生乗り換え--パラレルワールドへの移行。心の持ち方で変えられるのではないでしょうか?

すべては同時に起きている。
「つまり過去も未来も幻想の中でしか存在しない。」とこれまで書いてきましたが
今回はその前の「すべては」というところにも着目です。
時間に関係なく「すべて」が起きて、完結している、ということです。
良いことも悪いことも、同時に起きている。
出来事が一つに見えるのは波動をそこに合わせているからです。

(悟りを体験していない僕に書けるのは、書籍から得た知識のここまで)

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