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2011年4月21日 (木)

信念の堅持(3)の補足

前回の補足を少し

>私たちは白か黒がどちらかの部分をみてしまう。

と書きました。
でも本当はその絵が描かれた画用紙、あるいはPCの場合はディスプレイを見ている、が本質です。

マウスを動かすとカーソルが移動するように見える。
実際にはディスプレイが少しずつ色を変えているだけです。

さて、白い部分を見るか黒い部分を見るのは、画用紙なりディスプレイなりがあるからです。
幸福も不幸も、成功も失敗も、それらを描く、「画用紙」「ディスプレイ」にあたる存在があるはずです。

それが私たちの本質である「空(くう」である、というのは前に書評で書きました。
(空(くう) 舞い降りた神秘の暗号--なぜかこの検索ワードから僕のブログにたどり着く方が多いようです)
つまり、紙さえあればどんな絵でも描ける--生きてさえいればどんな人生でも歩める。

原因と結果の逆転という発想は可能でしょうか?
前回書いた、愛・感謝・賞賛もその一例です。
良いことが起こったから幸せを感じるのでなく、幸せを感じるから良いことが起こる。
もちろん、一般的・物理的な感覚では難しいでしょう。
でも様々な書籍を読むと、どうやらそちらが真実のようです。

簡単なことで言えば、このブログに少し前に書きましたが、口うるさい上司と見るか、それ以外を見るか、
そうやって考えると、自分の考える「相手の欠点」以外は長所なのです。
つまり「人生でうまくいっていない」と考える部分以外はうまくいっているのです。
要はどちらに焦点(波動)を合わせるかなのです。

M様は「自分には目標がある」と書かれていました。
それは重要です。
たとえば、被災地で最近、亡くなる方が増えているそうな。
大地震から命が助かってよかった、と思い、しばらくすると、「これからどうやって生きていけば・・・」
そういう例を出すまでもなく、すでに「夜と霧」という本の著者の医師P・フランクル(だったか?)はアウシュビッツ収容所の絶望的な状況の中で、生き残る人とそうでない人を分析しました。
「絶対に生き抜いて家族と再会する」
「収容所から出たら**する」
という方は生き延びる確率が高く
「もう何も希望がない」という方から順に亡くなっていったそうです。

諦めたらそれで終わり。
絶対に目標を手放さない、というのは重要です。
だって、生き抜くために生きているのでなく、自分の人生の目標を達成するために生きているのですから。

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