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2011年5月27日 (金)

スピリチュアルに生きる(111)--見方を逆に

世界の見方を逆にしてみましょう。

鳥が飛んできました。
「私は鳥を見ている」→「鳥も私を見ている」
ここまでは自然です。

目の前に花があるとします。
「私は花を見ている」→「花は私に見られている」
さらに「私は花に見られている」
花に意識があったらそうでしょう。
で、次元は違ってもたぶん花にも意識があります。
植物に電極をつけた実験で、植物を切ろうとしたら電極が動いたという実験があります。
(「サボテンが喋った 電子工学が明かした植物姓名の神秘」 P・トンプキンス C・バード著:絶版)

温室の作物にモーツァルトを聞かせると実りが良くなるという話はご存知だと思います。
ちなみに我が家のいつもBGMを流している部屋の鉢植えは、何度方向を変えてもスピーカーの方に傾いてきます。
(BGMをハードロックにすると逆に嫌うようです)

目の前に池があります。
「私は池を見ている」→「池は私に見られている」→「私は池に見られている」
これはいかがでしょう?
「花はともかく池に意識はないよ」って?
これまでに紹介したことのある「水は答えを知っている」江本勝著 を覚えておられるでしょうか?
水にポジティブな単語を見せるときれいな結晶になり、ネガティブな言葉を見せるとその逆となる、ということです。

目の前に機械があります。
大切に扱うと長持ちします。「これはもう買い替えだな」と思ったら機械が壊れた、という話を聞いたことがありませんか?

人が住まなくなった家はとても傷みが早いという話も有名ですね。
同じ材料の料理でも機械で大量生産されたものと家族の手作りでは味が違います。
(これは見えないエネルギー(「気」「プラーナ」「サトルエネルギー」)などと呼ばれています)

目の前に宇宙が広がっています。
「私は宇宙を見ている」→「宇宙は私に見られている」→「私は宇宙に見られている」
これはいかがでしょう?

===========

宇宙の説明はひとまずおいて・・・
「あなたは信じるものだけを見る」
これはいかが?

「あなたは今日、道を歩いていて、道角にあった赤いバラをみましたか?」
こう聞かれて花に興味のある方なら「見た」と答えるでしょう。
でもそうでない方は「さあ?」と首をひねることでしょう。
もっと興味のないものはいかが?
「あなたは今日、道をあるいていて、どこどこの家のカーテンの色が変わったことに気づきましたか?」
よほどその家と親しいか、カーテンに興味がなければ目に入らないでしょう。
目に入らないものはあなたの脳に存在していないのです。
「そんなことがあるか!見ていないだけで存在していない、ってことではないよ」と思うでしょう。

==インナー・ブレイン―あなたの脳の精神世界/浜野 恵一 (著)P23より引用==
「1520年、世界周航を目指すマゼランとその一行が、南米最南端のフェゴ島に達した時のことである。マゼラン一行は上陸して水や新鮮な野菜を補給するために、自分たちの大型帆船四隻を島の湾内に一時停泊させた。何世紀もカヌーだけで生活してきた島民たちは、上陸してきた彼らを驚きの目で見た。しかし彼らが何で来たのか、島民たちには分からなかった。フェゴ島の人々の目には、湾に錨を下ろしている大型のスペイン帆船の船団が映らなかったのである。島民の脳内では、大型帆船に視界をさえぎられることなく、いつものように、湾の向こうに伸びる水平線が見えていたのである。この事実は、その後何度目かのフェゴ島再訪の際、島民たちが語ったことから判明した。」
==引用終わり==

著者(バイオフィードバック心理学者)は私たちが見る世界は私たちの意識できるものしか見えないことを説明している。

別の本だが催眠術で**さんはいない、と暗示をかけられた人は、ホワイトボードの前に立つその人が認識できず、その人の背後に書かれたホワイトボードの文字が読めたということである。
これは何を物語っているのでしょう?

つまり私たちはいつも脳の中を見ているのかもしれないのです。
宇宙は私たちの脳とホログラフになっているのかも知れないのです。

========
世界の見方を逆にする試みを続けましょう。

「私たちはパソコン(orケータイ)の前に存在していない」
これはほとんどの方が否定することでしょう。
「こうして体があって、このモニターを読んでいる肉眼や脳や意識がある。それらすべてが存在の証拠だ」と。
                     
フェゴ島の島民の話を考えてみましょう。
信じたものしか見ない。つまり自分に映る世界は自分の信念のみ。
すると、目の前のパソコンは信じているからあるだけ。
私たちの体も信じているから存在するだけ。

==「空(くう)舞い降りた神秘の暗号/Mana著」P49より引用==
ショックかも知れませんが、実はあなたはかつて一度も生まれたことがありません。あなたは「空」という意識なのであって、意識自体は生まれているわけではないからです。あなたは創造意識です。つまり何かを生み出して観察する意識ではあるけれど、生まれたもの(被創造物)の側ではないということです!
==引用終わり==

前に書いた「花は私を見ている」ということを抱き合わせて考えます。
花と「私」は”存在する”という信念で繋がっているだけ。

私たちは何も真実を見ていないのかも知れないのです。

海の色は青?
いいえ、エメラルドグリーンもあります。
夜の海は黒いです。
水には色がなく反射しているだけなのですから。

同様に赤い色の花は赤ではありません。
緑色です。吸収できない色が反射されているのです。

色そのものについても同様。
私たちの肉眼は380nm(ナノメートル=10億分の1メートル)~760nmの可視光線しか認識できません。
それ以外は見えない、というだけで存在しない、ということではないのです。
そしてその肉眼さえ、光の波長で捉えた視床下部が視神経を通じて脳に信号を送っているだけなのです。
その信号を送受信するには無線のような双方向の構造が必要なのかも知れません。
(だから「私は花に見られている」)
可視光線の範囲外ではどうなっているのでしょうか?見える世界はともかく、見えない世界で繋がっている可能性があります。

そして、信じているものを見る、という観点からすると
私たちは自分の外に、自分の信念そのもの(脳の中)を見ているかも知れないのです。
私たちが眠りについた途端に世界は消滅し、そして翌朝、起きた瞬間に「私」の世界が創造され始めるのかも知れません

私たちが見ているパソコンの画面は単に3原色が点滅しているだけです。
マウスカーソルは動いていません。
モニター画面の細かな1つ1つの点が点滅しただけです。
見ている世界がそうだとしたら?

映画のフィルムは1秒間に24コマの速度で送られます。
それ以下は肉眼ではコマ送りかどうか分らないのです。
それ以上の速度で「ポップコーンが食べたい」という画像を映画の途中で送る映画館があったそうな。
その時はポップコーンの売り上げが3倍伸びたそうです。
(直接潜在意識に働きかけている--今は禁止されている)

その映画(あなたが現実と考えている世界)の中にあなたに見えるものがあります。
同じDVDの中にあなたに様々な影響を与える人物や背景となる動植物や景色、そしてその映画の全体があります。
同じ映画に映し出されたということは、すべては映像で繋がっているのです。
同じ俳優でも異なる映画なら、登場人物も背景も全く異なります。
つまり、あなたと「あなたが見ている花」は同じ映画に映っている1つの映像。
あなたも花も他の登場人物も空も星も、あなたと一緒に映像を作り上げている断片に過ぎません。

面白い映画を見ていると主人公と一緒にハラハラします。
もしかすると、そういう風にこの肉体を借りているだけかも知れません。
そうしてみると、私たちはこの肉体に焦点をあてているだけで
「あの世に聞いたこの世の仕組み」(雲国齋著)の中で雲さんが「この世はマトリックスという映画と同じ仕組みだ」と言っているのが正しいのかも知れないのです。
あるいはTVドラマ「仁」(マンガ:村上もとか原作--僕は既に全巻よみました)のように、この時代に送られてきた/迷い込んだ、スピリットかも知れないのです。

「こんな映画は嫌いだ」といつまでも言い続けることは、その嫌いな映画を見ていることを肯定していることになります。
気に入らないものについて思考したり語ったりすることは、それがあなたの世界で存在していることを認めているのですから。
そんなDVDは、さっさと入れ替えて他のDVDを見るのです。
ホラーでなくてラブ・コメディに変えましょう。
サスペンスでなくて、ヒーローが成功する冒険活劇を見るのです。
その主人公はもちろんあなたです。

私たちが「私」と思っているのは、単なる感情とか思考とかで囲まれた部屋なのであり、そこに入り込んでいる可能性もあります。
この部屋は自分でそういうネガティブな壁で囲まれたので真っ暗です。
闇は光をもってくれば退散します。
ネガティブな、マイナスな壁を壊したらどうなるのでしょう?

そこで「自分の存在がなくなる」のかも知れません。
そうしたら、自分が自分でなくなる。
でも存在そのものが消滅することはありえないので、自分が宇宙そのものになるような気がします。

というより、私たちはもともと宇宙そのものだったのかも・・・

もう一度、「世界を逆に見る」に戻りましょう。

私たちは原因と結果を逆に見ていたのかも知れません。
○成功したから幸福になるのでなく、幸福を感じたから成功する(これは誰かの名言)
原因があって結果があるのでなく、結果を体験すると原因が生じる可能性があります。
○時間は未来から過去にさかのぼるのかも知れない。いいえ、時間そのものが存在しないのかも知れません。
○世界の中に自分が存在しているのでなく、自分がいるから世界が存在する。自分がこの世にいなくなれば世界は消滅する。
(都留晃一さんもそう書いています)
○自分の人生に起こる出来事の原因は外にあるのでなく、自分の中にある。
(世界は自分次第で変わる。)
○天使も守護霊も存在します。信じている人にはそのとおり、それらの存在が見えます。(例:ウチの奥様のように)

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