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2011年7月 2日 (土)

スピリチュアルに生きる(115)

今、ここ

同じテーマと何度か書いていますが、また違う書き方を試みます。

まず「ここ」ですが、
あなたはどこにいますか?
こう問われた時に、あなたのパソコンがある部屋指すでしょう。
ではそれがもっと大きな公園だったら?
公園の名前を言うことでしょう?
もっとエリアを広げましょう。
関東の人が九州に旅行に行った時に、友人から、「どこ?」と聞かれたら、
「今は鹿児島にいる」と答えるでしょう。
そうしてエリアを拡大していくと、「ここ」というのは宇宙全体を指しても不思議ではありません。

「今」も同様。
今は何時?
こう聞かれたら「17時15分」と答えるでしょう。
今は何月?
こういう質問だとしたら7月と答えます。
つまり、「今」というのは過去と未来に挟まれた瞬間でなくて、1ヶ月もの範囲に拡大されました。
同様に「今は21世紀」というのもあり。100年に拡大されました。
それ以上の言葉はなかなかなくて現実的ではないかも知れませんが「今はジュラ紀」というのもありそうです。
ではさらに拡大して、「今は今回のビッグバン宇宙の中」というのがありかも。
そうしてできる限り拡大すると、「永遠の今」というのが論理的にはありそうです。

マスターたちの言う「今、ここ」に生きるというのは、*月*日の中のたった一瞬・限定された場所のイメージでなくて、宇宙全体、永遠の今を含む言葉なのかも知れません。

そしてマスターたちは「私の中に宇宙がある」と言います。
この「私」の概念が肉体や思考や感情を超えたものだからでしょう。
上記と同様に、私が見るもの・感じるものもすべて「私」と捉えられると良さそうです。
素粒子レベルでは「私」と「宇宙」は繋がっているのですが・・・

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