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2012年7月27日 (金)

スピリチュアルに生きる(120-4)

(まとまるまで、まだまだシリーズは続くのか?)

浦島伝説はたくさんあるようです。
浦島太郎が帰ってきたときに、故郷は数百年経っていた。

竜宮が他の星であるとするなら特殊相対性理論でも説明できるのだが、そうでないのかも知れない。
元の世界に帰ってきたつもりが、(同じ時間であるのだが)パラレルワールドに帰ってきてしまった可能性がある。

故郷の土地はそのままだが、知っている人はいない。
そんな世界が無数に存在する。

で、パラレルワールドというのは「この我々がいる世界」の別、ということではなくて、「この世界」もパラレルワールドの1つのバージョンなのです。
誰もゾウの死体を見たことがないそうな・・・
遠い、アフリカの話でなくてもいい。
町にあれだけカラスがいるのに、どうしてカラスの死体を見たことがないのか?

ある説によれば、肉体も消滅して、別次元にいくという。

バシャールがいうのは、無数の未来が存在して、その瞬間、その瞬間に、バージョンの一つを選び取っている(創造している)、ということ。
だから私たちの毎日は1日として同じ日がなく、経験も異なる。
私たちが朝、目覚めたときの周囲の世界は昨日の継続でなく、今日のバージョンの世界。
今日、職場で出会う人は、同一人物に見えるかも知れないが、今日のバージョンのその人。

ワンネスの説明で、映画のたとえ(私たちは映画の監督・主役・脚本・・・)などと言っているが、
写真のたとえではどうだろう?

グループ写真が映っている。
自分のとなりに友人A、友人B。
この3人は”1枚の同じ写真”に映っているのだ。

この世界も同じ。
世界中の人とすべての物質が同じ空間に映っているとしたら?

写真は3次元を2次元に投影したもの。
この3次元世界は4次元から投影されている。

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