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2012年10月 7日 (日)

スピリチュアルに生きる(133)-神社にお参り

神社にお参りする人は正式に正面の鳥居から入りましょう。
手を洗いましょう。
神様の前に立ったら鈴を鳴らします。
その後、二礼二拍一礼。

・・・・・・・・・

で、良いのでしょうか?
神社に通うということは、守ってくれる「神様」というのが形式的な前提をふまねば祈りを聞いてくれない、ということですよね?
「神様がいる」という神社に出向いて形式的なお参りをし、お賽銭をささげなければ守ってくれない、ということですよね?
そんな神様があなたの担当なのですか?

儀式的にお願いすれば守ってくれて、そうでなければ守ってくれない。
つまりは「神様」と取引しているのですね?

しかもその「神様」っていうのがくせもので、先の形式を踏まねばお願いしてもNGという条件なのですね?

神社に通う方の神様って、普段は人間を無視していて、お願いにいくと(しかも条件どおりにお願いすると)やっと願いをかなえてくれる神様が担当なのですね?

懸命にお願いしても信用できない神様だから、御札とかお守りとか持たないといけないのですね?・・・

それでもなぜか、新年になるとまた「初詣」をして「今年1年よろしく」ってお願いせねばならない「神様」に守られているのでしょうか?

僕にはそんな我儘な条件の「神様」は必要ありません。
無条件で守ってくれる、神社にいかなくてもいつでも一緒にいてくれる守護霊やガーディアンエンジェルがいるから。

神社にお参りする人は気づいていないのです。
「神様」にお願いする、ということは解っていないのです。
「こんな人生はイヤだ」って不満を「神様」にぶつけている、ということが。
「この状態を何とかしろ」って訴えていることが。

神社は願いをかなえるために行くのでなく、お礼を言うためにいくはずです。

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