« 書評--1日で人は変われる! | トップページ | スピリチュアルに生きる(148-2) »

2014年1月21日 (火)

スピリチュアルに生きる(148)

ある家に居候がいました。
居候は、最初は遠慮していましたが、やがてその家の家族に、少しずつ要望を言うようになりまました。

「冷蔵庫を使わせてほしい」
「宅配便を受け取っておいて欲しい」

要望は少しずつエスカレートしていきました。
「自分が寝ている間はもう少し静かにして欲しい」
「自分がいる部屋に入るときは扉をノックして欲しい」

さらにエスカレートしていき、不平不満をいうようになりました。
「いつもの部屋をあなたが使うなら、今日は自分が寝る場所がないじゃないか」
「寝坊したから駅まで送っていってくれ」

居候はだんだん不幸を感じるようになりました。
(続く※)

同じ物事でも「当たり前」になってしまってはいけないのでした。

こんなどうしようもない話を書いてどうする、って?
この居候のように、家に住まわせてもらっていると思っている間は感謝なのだが、それを忘れると不平不満になるということです。
で、私たちも自分の力で生きているのでなく、ほんの数十年、部屋ならぬ肉体を借りて、生かされている、というふうに、物事を逆から見てみようということです。

(※つづき)
ついに居候は、その家の家族に「自分の部屋に勝手に入るな」と言いました。
家族は答えました。
「そこが君の部屋になったことは一度もない。」
(おしまい)

私たちの人生も仮の住み家であることが間違いありません。

さて、物事を逆から見てみることをいくつか思いつくまま並べてみましょう。

1、良い事があったから感謝するのでなく、感謝するから良い事が起こる。
(これはこれまでも説明してきました。)

2、成功したら幸福でなく、幸福だから成功する

3、何かが得られれば幸せでなく、得られなくても幸せ(どちらが絶対的な幸せでしょうか?)

4、欲しいものは得られない。(これもこのブログの読者には説明不要でしょう)

5、イヤなヤツはいなくならない。

 人生の目的の一つは愛を学ぶためです。
 自分の気に入った人を愛するのは簡単です。
 課題としては嫌いな人をどうやって愛するか?
 嫌いなままでは課題を乗り越えたことになりませんから、ずっと残る。
 そしてその人を心配したり、気持ちを抱きしめられるようになったときに、その人は自然と消えます。
 (最近、これを証明するかのようにある出来事が起こりそうです。結果が出たらまた紹介します)

6、宇宙の中に私が生きているのでなく、私の中に宇宙がある

 宇宙が私の中にあるとすると、「宇宙」よりも「私」の方が大きいことになります。
 私が空間を見るとき、自分の心の中を見ていることになります。
 時間も空間も「私」が創りだしていることになります。
 これは覚醒した人がみんなそういっているので、たぶん正しい。(僕は悟っていないので「たぶん」としか言えない--しかし逆説的に「私たちはすでに悟っている」というのもあります。)

 すると、私が外側でなく、自分の内面を見つめるときは、宇宙の創造主を見ているようなものでしょう。

 こう考えてくると、体験するすべてのことは、「私が作り出したスクリーンに展開される映画」という説明ができるのでした。
 時間と空間という座標軸を描く。
 通常は数学で座標を描くのは紙。
 この場合はスクリーンor心の中。
 つまり永遠の今に生きている私が時間と空間を作り上げ、私の創造する宇宙の中にたくさんの登場人物を創っている。
 ということは他人=自分。
 だから他人に対して行う事は自分に対しておこなうこと。

 こうして、先ほどの仕組み--キライな人を抱きしめるとその相手なり状況が消滅する--がうまく説明できます。

« 書評--1日で人は変われる! | トップページ | スピリチュアルに生きる(148-2) »

スピリチュアル」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/523730/58982480

この記事へのトラックバック一覧です: スピリチュアルに生きる(148):

« 書評--1日で人は変われる! | トップページ | スピリチュアルに生きる(148-2) »