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2014年1月18日 (土)

スピリチュアルに生きる(146)

ここ2回の書評でアップした「しあわせトリック」「しあわせの雑学」のどちらかに書いてあったのですが、(すぐには見つからなかった)ビートタケシがバイク事故で入院していたときに、コートの襟を立てて歩いている人を病室から見て、「オレ、あの人になりたい」と思ったそうです。
つまり日常の何気ない生活が「しあわせ」。

そういえば、明日の朝は私たちには来ます。
しかし、明日の朝があるかどうか、という地域に住んでいる人がいます。

そう、「何もない」ことが幸せ。
そう考えると感謝できることのカウントが増えます。

1億円が手に入れば幸せ。
・・・って、幸せを制限していませんか?
つまり1億円がなければ幸せになれない、という意味です。

素敵な配偶者が見つかれば・・・・
これも同じ。
配偶者が見つからなくても幸せ、というのはいかが?

そんなこと言ってもYeonsoさんは結婚しているから言えるのでしょう?--って?
違います。
siriusと知り合うまでの40年間、僕は独身でした。

で、幸せって部分でカウントする必要があると思うのです。
1億円が手に入らなくても、今でも幸せな部分はありますよね?

たとえば食事が食べられる--思うままの食事が出来ない方がおられます。
たとえば住む家がある--ホームレスが多い。
たとえば景色が見える--目の不自由な方もおられます。
街を歩ける--車椅子ではどうでしょう?

そうやって考えると感謝することばかり。

でも、職場の人間関係が・・・非常によくわかります。
そんなヤツは「自分の家まで、意識の上でも連れて帰ってやらないよ」と言って、意識から捨ててきましょう。
どうして連れてくるのです?
それでも「職場で言われたあの一言をどうしても思い出す」って?

相手は、精神的に子どもなのです。可哀想なのです。気の毒なのです。
自分の幸福を自分で決められずに人のせいにする。
「誰々のせいだ」と言っている子どもです。

自分の人生がうまくいっていないので人を責める。
つまり自分で自分の人生が不自由。
自分の力だけではどうにもならない--っていう人は気の毒ですよね?

他の人を犠牲にせねばならない生きかたはもっと不自由。
怒りを他の人にぶつける人って、「自分の幸福は他人次第」と思っているのでしょう。
他の人次第で自分の幸・不幸が決まってくると思っているのでしょう。
だから本当に気の毒。

===では、これから「感謝」のワークをしましょう===
(って、Yeonsoのブログにワークがあったのか?という方は大正解!(笑)3分で終わります)

あなたの周辺を見てください。
本1冊、CD1枚、洋服1着は、その店で、あなたがBESTだと思って購入したものですよね?
あなたはBESTだと思っているものに囲まれています。
本は何冊あります?
CDやDVDは?
洋服はや靴は?
全部カウントしてください。
500くらい?
ではあなたは500の幸福に囲まれています。

そんなにないって?
ではあなたの身体にしましょうか?
あなたの腎臓は大丈夫ですよね?
あなたの肝臓はしっかり働いていますよね?
・・・・ってキリがないので後は調べてね。臓器もたくさんあります。

あなたはこのモニターが見られるのですよね?
であれば、インターネット環境があるのは世界で1%なのですが、感謝できませんか?
そして僕のパソコンのインターネット環境はやっとXPなのですが、それ以上だと僕より恵まれています。
僕のケータイは「ガラケー」と”言われる前”のPHS(パーソナル ハンディフォン システム)なのですが、ソフトバンクやドコモを使っている時点で僕より恵まれています。

あなたは僕より幸せですよね?

==以上、ワーク終わり==・・・・どうです?簡単なワークでしょう?

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