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2016年6月16日 (木)

BU/68 ただ「知る」こと

私たちの生き方には「知る」ことがキーワードです。
自分は無限の存在であることを「知る」。
自分がすでに目標を手に入れていることを「知る」。

「在る」こともキーワードです。
自分はすでに幸福で「在る」。
自分は裕福で「在る」。

以上が究極の目標実現法/成功法であるようですが、これも難しい概念であることは解ります。

しかし、「・・になりたい」と思っていたら、まだなっていないという波動を発していることになりますので実現しません。
だから「なりたい」/「欲しい」でなく、「知る」/「在る」がキーワードなのです。

自分は幸福でないのにどうして「在」ったり「知」ったりできますか!?と反論をいただきそうです。(でも宇宙は無限です。だから、無限ゆえに必ず存在して、あなたが受け入れてくれるのを待っているのです。)

ではこうしましょう。

自分は、幸福ではない状態に「在る」。
自分は(無限の存在であることに目を向けているのでなく)制限を設けていることを「知る」。

これで少しは状況を客観的に見られませんか?

 

究極の言葉は(旧約聖書に出てきたと思うのですが)「I am that am.
that
は関係代名詞ですから、訳すと「私は「在る」というもので在る」となります。

私は「在る」のです。

もう一度振り返りましょう。

>自分は、幸福ではない状態に「在る」。

この場合に幸福自分はどちらが重要ですか?

>自分は制限を設けていることを「知る」。

この場合、制限を設けている主体は何/誰ですか?
つまり、リアルに見える現実や状況よりもそれらを「知る」「在る」と判断したり、観察したりする私たちの意識の方が次元が高いのです。
それを逆転させて、自分の考えや感情を状況に左右させては、自分のパワーを状況に明け渡すことになるのです。

 

私はお金持ちになりたいと思う人間で「在る」。
私は幸福になれると思っていることを「知っている」

このように「私は・・・である」という言葉は自分を定義してしまっています。

無限の存在は自分を限定しません。
ですから究極の言葉は、自分以外に何も求めない完成された形、自分が存在するだけで完璧だ、という意味で
「I am that am.」となるのです。

 

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