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2016年6月19日 (日)

BU/72 幸せはあなたの中に

車の免許を持っていない人が車をプレゼントされたとします。
嬉しくありませんね。せいぜい、売却してそのお金を手に入れることを考えます。
僕は車の免許を持っていますが、ベンツをもらっても全く嬉しくありません。
そんな大きな車庫もないし、維持費も気になります。
でも、免許取りたての人で、車庫もあれば、どんな車でも嬉しいことでしょう。

車のような大きなものでなくても同じです。
お酒を飲めない人が高級ワインをもらっても誰かにあげてしまうだけです。(僕なら大喜びですが)
囲碁を知っている人なら、電車で名人と隣り合わせになっただけで嬉しいでしょうが、知らない人は全く気づきもしないでしょう。

ここで言わんとすることは、「嬉しさや幸福というのは、出来事そのものでなくて、出来事に対する反応だ」ということです。

同じ出来事に対しても、人によって様々な反応を選びます。

遠い道のりを歩くのが嫌いな人がいる一方で、ハイキングや散歩を楽しむ人もいます。
僕のように山登りが嫌いな人がいる一方、山岳登山が好きな人もいます。
同じことでも疲れるからといって嫌がる人もいるし、楽しむ・喜ぶという人もいるのです。

マスターたちは「幸福はあなたの心の中にある」と言います。
つまり、同じ出来事から、ある人は幸福を感じることを選択することもできるし、ある人は悲しみを選択しているのです。

反応の選択肢は確かに「あなたの心の中」にすべて存在しています。
幸福かどうか、というのは反応であり選択なのです。出来事ではありません。

幸福は今すぐに選択できるものなのです。

そんな複雑なことは要らないかも知れません。例えば毎回の食事。
「このご飯は農家が半年間育ててくれて、たくさんの流通経路を経て自分の口に入るのだ」
「こんな新鮮なサシミが海から離れた我が家で食べられるのは50年前にはありえない」
などと感謝しながら食べるのと、
「お金を払えば買えて当たり前」
と思うのとどちらが幸福でしょうか?

食事以前に、蛇口をひねれば安全な水が出てくることは、そうでない未開の地に住む人に想いをはせればとても幸福なことです。

これを読むパソコンがあり、電源があり、文書を理解する識字力があり、健全な目があり・・・って、とても幸福と思えるのです。

あるいは・・・

例えば、誰かにほめられたり・けなされたり。
それに一喜一憂する自分でありたいですか?
他の人に賞賛されたり罵倒されたりで、感情を動かされたいですか?
(まあ、賞賛される方はポジティブなので、ひとまず良しとしましょう)

それとも、誰かに何かを言われても「自分の感情は微動だにしない」という自分であった方が良いのではありませんか?
「人から言われたり何かされても、そんなことに自分の人生は左右されない」というのはいかがでしょう?
人から何か言われても、「それに対する反応」は自分で選択できます。

怒りや悲しみや憎しみは自分の幸福にとって何の役にもたちません。
「そんな悪口を言う相手に対して、いちいち反応したら自分の時間の無駄遣い」という感じで受け止めたらいかがでしょう?

「私は毎瞬間、幸福になることを選択している」「自分は今日をこれまでの人生で最高の1日にするために忙しいのでいわれたことにイチイチ反応している暇はないのよ」とするのです。
それが無理だとしても、「これは自分がどう反応するかのゲームなのだ。自分の魂の成長のチャンスなのだ」と思うことが選択できるのです。

自分の幸福に役立たない感情は、今すぐ手放すべきですよね?

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