物語

2009年12月26日 (土)

物語(17)--西郷さんのデビュー

そして何故か次の日から西郷さんが職場に来て、僕が仕事を教えることになった。
普通に電気室を案内して点検項目を教えた。
機械室に行って普通に点検項目を伝えた。

だけど、ボイラー室は違った。
西郷「これは私が前にやっていたボイラーと同じ炉筒鉛管ボイラーですから判ります」
と言った。僕にはよくわからなかったけど点検項目を説明すると
「PH(ペーハー)はドイツ語ですが英語でピー・エイチ、つまりポテンシャル・ハイドロゲン、水素濃度を測定するのですよね。
PH濃度の理想は11.0~11.6です」
なんて語られたら、もう、僕は知らない。
僕「軟水器の記録もあるんです」
と言ったら
「水道水には炭酸カルシウムと炭酸マグネシウムが含まれます。ボイラーにとっては除去せねばならないので
ここに塩化ナトリウムを加えます。そうするとイオン化傾向の差によって・・・」
って、解説されてもよくわからないけど、とにかく西郷さんはボイラーには詳しいようだ。
僕「俺もここに来たばかりでよく判らないです」と言ったら、西郷さんはそれを察したらしく
西郷「ブロー(吹き出し)の意味は判ります?さっき説明したように軟水器で炭酸カルシウムと炭酸マグネシウムは除けるのですが」

って、知るか、そんなもん!

西郷「珪酸カルシウムと珪酸マグネシウムは、珪素、即ちガラス質ですから硬い沈殿物になります。これらは軟水器では取り除けませんから
ブローするのです」

ともあれ、ボイラーに関しては、僕は(ホームレスじゃなくて、)西郷さんを先生にすることにした。

西郷さんも、本当はすごい人かも知れない。
でも、彼をホームレスにしてしまったのは何だろう??
僕はそれを知りたかった。

2009年12月25日 (金)

物語(16)--ホームレス(続き)

そんな僕の心配を察してか、彼は言った。
「ここにいてはご迷惑でしょうから、あとで洗濯物取りにきます」
と、出て行った。

確かに、見ず知らずの人がこの部屋にいては困るよな~。
でもどこへ行くんだろう?
どうせ行くところなんかないんじゃないの?

僕は考えた。
あのきれいな瞳をした人は良い人かも知れない。
何かの事情でホームレスになったんだ。
って、ホームレスになる人はみんな事情があるのだろうけど。
これから彼はどうするんだろう?
何か資格でもあればウチの会社に入れるかも。
って、いつのまにか「ウチの会社」って言っている自分にも気づいてしまった。

ホームレスになるくらいだから何も資格持っていないんだろうな。
でも、加藤さんに相談してみれば何とかしてくれるかも。
なんて考えながら、僕はそれから3時間後、洗濯物をみたらまだ少し乾きが足りなかった。
4時間後--もう少し。
そして5時間後、もう夕方だが、乾くタイミングを計ったように彼が来た。
ぼくは言った。「たぶん洗濯もう乾いているよ」

彼「本当にありがとうございます。着替えたらすぐに出て行きますので」
洗濯物を渡すとすぐに彼は着替えた。
「本当に、こんなに親切にしていただいたことはありません。
ありがとうございました。」
出て行こうとする彼を僕は止めた。
僕「ちょっと待って!これからどこへ行くの?」
彼「今までもどこかの公園で寝泊りしていましたので」

僕は彼に待っていてもらって加藤さんに相談のTELをした。
加藤さんと出会わなければ僕が彼のようにホームレスになっていたかも知れないから。
その僕を助けてくれたのは加藤さんだから、加藤さんなら何とかなるかも知れないとおもったんだ。

加藤「どうした?」
僕「ウチの会社、今、求人募集してないですか?」
加藤「いい人ならいつでもOKだよ」
僕「今、一人となりにいるんですけど、これからお伺いしても良いですか?」

加藤さんは快く引き受けてくれた。
そして僕は彼を連れて、加藤さんの家におじゃました。

加藤さんの家に入った途端、驚いた。
テーブルの上に料理が用意されていたから。しかも
僕「えっ?鍋とマーボー豆腐と八宝菜!?」
加藤「いやー、時間がなかったからすぐそこのスーパーで材料買ってきた。餃子つくってあげたかったけど、時間がなくてね」
僕「いや、ご馳走になりに来たのでなく、紹介に・・・」
加藤「まあ、ゆっくり呑みながら話そうよ」

(著者注:マーボー豆腐はすぐに作れますが、まともな八宝菜は結構、下味をつけるのが大変です。だからこの話では餃子まで手が回らなかった訳です)

また僕は思った。
「加藤さんってどんな人なんだろう?」

ホームレスの彼は酒を勧められても最初は呑まなかった。
でも、加藤さんが3回ほど勧めると呑み始めた。
そして過去を語り始めた。

彼は、夏は田舎で農業、そして冬は東京の、冬季だけ暖房用ボイラーを使う会社に出稼ぎしていたという。
(だからボイラーと危険物の免許は持っている。ビル管には役立つ)
その会社が倒産して、郷里に帰れなくなったと・・

それから、加藤さんはいろいろ彼の経歴やら今の境遇についてのことを聞いていた。
彼の名前が西郷さんということも初めて知った。

加藤さんがほろ酔いになったころ、西郷さんに言った。
「明日からウチの会社に来てみるか?」
僕はよく見ていなかったけど、西郷さんの目からは涙が流れていたようだ。

僕は違うことを考えていた。
会社には明日から行けるとして、住む場所はどうするのか?

加藤「住むところが決まるまで、狭いけどここに寝泊りするか?」

僕は話の成り行きが全く信じられなかった。
で、加藤さんってどんな人??

2009年12月21日 (月)

物語(15)--ホームレス?

ある日、乞食(という言葉は昔聞いた。今では死語?(差別語?=言い換えは物乞いかも)が話には聞いていたが本当に逢ったのは初めてだ)
が僕のアパートの入り口を叩いた。
(乞食=今の言葉でホームレスなのだろうが、ちょっと違うかも。)

僕のアパートのドアをノックするのはたまの宅配便くらいなので開けてみただけなのだけど。
開けたとたん、悪臭が漂っている。
何年も風呂に入っていないにおいかも。

そのホームレスは言った。
「旦那さん。すみませんが、ご飯の残りがあったら少し分けてくださいませんか?」
と、一部欠けた拾ったような器を差し出した。
ご飯の残り?あったような気がする。
でも・・・

数秒の間に僕の中に何かのイメージがひらめいた。
「ちょっと間違えていれば僕もホームレスになった。そして食べ物にあぶれたらこうしたかも知れない」
僕は悪臭のするその人、だけどちょっと瞳が綺麗な人をを無碍に断れなかった。

僕は言った。
「ホームレスはわかるけど、ずっとそのままでいいの?とりあえず体臭いよ。
それじゃ死ぬまでずっとそのままだよ。ウチの風呂に入っていかない?」
何ということを言ってしまったのか、と僕は咄嗟に思ったけど、
何故かその時は「加藤さんならこう言うかも」なんて考えてしまったんだ。
そんなことを考えているとその乞食というかホームレスはポロポロ涙を流していた。
これはもう、言ってしまった以上、断るわけにはいかない。
でも、この人を僕の部屋に通したら、部屋中が悪臭になってしまう、と思った。

「だけど、ごめん。風呂が沸くまで外で待っていてもらっていい?」
ホームレスは何回も頷いていた。

いや~、見ず知らずの人を風呂に入れのは、(って特にホームレスのような怪しい人を)勇気がいるよな。
と思いながら風呂を沸かした。

何かの本で、読んだことがある。
半年間、風呂のない国を旅した人は、帰国したらまず1回風呂に入ってざっと汚れを落とし、
もう一度、入ってしっかり風呂に入るのだ、と。

しばらくして風呂が沸いた。
僕は部屋の中にいたので、彼が外でずっと待っているかどうか判らなかったけど
ドアを開けると彼がそのままいた。

問題は着る物だ。せっかく風呂に入って悪臭のするそれを着たら何にもならない。

一応、体形は僕とそれほど変わらない。だから数時間、僕のを貸してあげてもいいかな、なんて
思ってしまう僕は甘いのだろうか?(だけど加藤さんならそうするかも)
ということで、風呂上りにはこれを「着なよ」って僕の下着を用意した。

で、彼の着ているものをウチに持ち込まれては、部屋に悪臭が漂うので
「外で全部脱げる?着替えはとりあえず僕のを貸すから、それを洗いおわるまで脱いでくれる?」

彼は、そのまま従った。(って、ドアの外で全部脱ぐか!?)
全部脱いでしまった彼を、風呂に通した。

シャワーの音やら石鹸を取り出す音が聞こえるけど、彼は何を思いながら風呂に入っているのだろう。
僕はその間、彼のあまりにも悪臭の服を洗濯機に入れて洗濯した。
洗濯して思った。「これ、すぐには乾かないよな~。濡れたまま返す?」かどうか。

30分後、僕の下着を着た、”悪臭のホームレス”でなくて、普通の男性が風呂から出てきた。
(結構、いい男じゃん。なんでホームレス?)
と思ったけど、僕はさっき書いたように、長期の海外旅行をしたあとは
2回風呂に入る、というのが頭に残っていたので「もう一回風呂に入ってください。その間に
少し髪の毛を切らせてもらっていいですか?」と言ってしまった。
だって、風呂から出たら、髪の毛と髭以外は”普通の人”だけど、
容姿はそのままだと、またホームレスだから。

彼は言った。
「ずっと床屋にいく金がなかったんで・・・」
それは僕も同じだ。だから自分の髪の毛は自分で切る。
そういう意味では髪の毛を切るのは未経験ではないのだ。

2回目の風呂を沸かす間、僕は床屋よろしく、彼の髪の毛を結構バサバサ切った。
いや~、整髪するとかなりいい男になってる。

2回目の風呂が沸いた。
「さっきのは汚れを落とすため。次はしっかり垢を落としてください。髭も剃ってね」
というと、彼はまた30分くらい入っていた。

髪の毛を切って髭を剃った風呂上りの彼はとてもホームレスと思えない素敵な男性だった。
どうしてこんな人がホームレス??

って違う!この人は最初に「ご飯ください」って言ったのを思い出した。
「お腹、空いているんですよね?今すぐチャーハンを作ります」
って、「チャーハンの素」しかないけど、この人には構わないかな?と思った。

で、僕はチャーハンを作った。

(*著者注
 ある程度、ご飯を温めた後でチャーハンの素を使うのはご飯のパラパラ感を作るのに効果的ですが
 基本はご飯です。「焼飯」は中国で、冷えた&古くなったご飯を食べなおせるために作られたものが起源だと思いますが、今の時代にあっては
 冷えたご飯は電子レンジで暖めて卵をまぶしてから
 中華なべ(なければフライパン)で炒めた方が美味しいです。)

 風呂上りの彼は、男の僕から見ても”かなりいい男”だ。
 僕は食事を勧めた。
 「お腹が空いているようだけど、今はご飯しかないからチャーハン作ってみたよ」

 彼は貪るように食べつくした。
 それをみた僕は、冷蔵庫の中に残っていたウィンナとか漬物の残りとか出したら
 それも食べつくした。よほどお腹が空いていたのだろう。

 それは良いけど、彼の服が乾くまで(今日は晴れているから3時間くらいで何とかなるか?)
 ここに留まってもらうしかない、というのが僕の悩みだった。

2009年10月28日 (水)

物語(14) 加藤さんとの話

その日、僕は加藤さんとホルモン焼き屋で呑んだ。
チューハイとホルモンをいくつか食べながら加藤さんは話してくれた。
「ホルモンの語源は知っている?”放る物”つまり捨てる内臓だったんだ」
「ここのホルモンは旨いぞ。」
--そんなことはどうでも良い。僕は今日限りで仕事をやめさせてもらう。
と、いつ切り出そうか、と思ってタイミングを見計らっていた。
加藤さんは僕のそんな気持ちに関係なく、話していた。
「ハツってのはハート、即ち心臓だな。シロは最近ではテッチャン、韓国語”大腸”のハングル読みだな・・・」
--ホルモンの解説なんてどうでも良い、僕は辞めたいんだよ!
と思っていた。
そのうち加藤さんは僕の気持ちを見透かしたように言った。
「便器外すの嫌だったろう?でも、嫌なことが一つもない仕事なんてどれだけある?」
--作曲家とか、芸能人とか、自分の好きなことしていると思います。
「作曲家になりたい?なら応援するよ。金田の作った曲を俺が聴きたい。
作曲家も自分の好きなことをするために苦労しているんだけど、そのためにどうする?」
最初に加藤さんに会ったときのように質問された。僕はそれに答える準備はない。
さらに追い討ちがかかる。
「こんな仕事やめたいだろう?」
--はい。
思わず答えた。
「辞めて良いよ。いつ辞める?」
--今日限り
と、答えたかったが、そう聞かれて、僕は小俣君との囲碁がまだまだ続くこととか、
センターにいる職員とか市民とか、僕がしたことに対して声をかけられたり、お礼を言われたり
何故か、そんな記憶がよみがえってきて、
--もしかしたらここで辞めるのはもったいないかな?
と正直に言えば、そう思ってしまう自分もいることに気づいた。

加藤さんは続ける。
「正社員になれば、今より給料が上がるし、資格手当てもあるよ。
電工2種だと\3000/月、電験に受かれば2万/月、冷凍3種で\3000、2種なら\5000、
1種なら\10000だよ。ボイラー2級を取ればとりあえず\3000、
どう、ボイラー講習(*)を受けてみない?」

*ボイラー2級の受験資格は3日間のボイラー実技講習を受けることによって得られる。
 実技講習を得たら1回/月以上の試験を受験して合格すれば2級ボイラー技士の資格が得られる。
 合格率約40%。この数字は1月ほど真面目に勉強すればほとんど合格である。

「どう、正社員になってみる?アルバイトをしているより辞める時期は正社員といっても他の社員と同じように 自由だし、年金も保険も会社が払ってくれて(*)気を使わずに済むだろう?

*正確に言えば会社が全て払うのでなく、本人負担分がある。

「好きなことが9割、嫌なことが1割。嫌なことがない仕事がないとすれば、1割は我慢するしかないんだよ」

そういわれて、これまで福祉センターでの経験で嫌な思いは、僕が前にいた電気工事の現場とか--これは毎日嫌だった。監督からは常に怒鳴られるし、いきなり残業はさせられるし
--と比べて、今日までの2週間でイヤだったことは今日のクサい便器を外すことくらいだった。

--そういう意味では悪い仕事じゃないのかな?
そう、思ってしまった僕は甘いか?

「とりあえず金田君が今より良い仕事を見つけたなら俺は応援する。福祉センターなんて直ぐに辞ちまえば良い。
でも、次の仕事を見つけてから辞めなよ」
--それはそうだ。今でも給料の前借みたいなものだから。
次の仕事を見つけたら辞めよう。そう思った。
加藤「金田!お前の能力と才能と情熱が生かせる仕事を見つけろよ!」
--はい。
もう2時間呑んでいるので加藤さんはほとんど酔っ払っている。
加藤「金田、お前は良いヤツだな」

こういう言い方って、ホントに酔っぱらっているよね。
--加藤さん、帰りましょう。
「そうだな、酔っ払いに付き合わせて悪かったな」
と、加藤さんはふらつきながら2人分の会計を払ってくれた。
僕は自分の分を折半しなければならないと思ったので言った。
--いくらでした?
そんな質問に関係なく加藤さんは言った。
加藤「いや~今日は楽しかったね」
--僕の分の支払いが・・
加藤「金田、明日は正社員の手続きしような。印鑑もってこい。雇用契約書は印鑑がいる。年金手帳もな。
金田は明日から正社員だ。俺の仲間だ、良かったな、ブラボー。ラリホー!」
--って、加藤さん相当酔っ払っているよ。
「今日は嬉しい。最高だ。金田君が正社員になるって言ってくれたからな」
--だからぁ、そんなこと言ってないって!

加藤さんはホルモン焼き屋のまえで躓いてしばらく道路にひっくり返ってしまった。

僕は咄嗟に[加藤さん、どうしたんですか?しっかりしてください」と抱き起こした。

加藤さんはひっくり返ったことに関係なく、そのまま「金田ぁ、明日から正社員になれ~ぇ。」

と酔いながらつぶやいている。そういう加藤さんを見ると、「僕はこの人を裏切れるのだろうか??」という思いにもなる(僕も多少酔っているからね)

それから加藤さんは立ち上がってふらつきながら歩いて自宅の方へ向かった。
--自宅までそれほど遠くないから大丈夫だろう
と思って、加藤さんは放っておいて(いいのかな?)僕は自宅に帰った。

でも、アルバイトより待遇が良くて、いつでも辞められるなら、社員になってもいいかな?

と、明日の出勤準備に印鑑と年金手帳をかばんに入れている自分は何なのだろう?

2009年10月24日 (土)

物語(13) 2週間後

2週間後、何故か僕はまだ福祉センターにいた。
それは加藤さんや趙さんに助けられながら仕事をしていたこともあるし、
小俣君との新しい関係ができたこともあるし
何より、新しいバイト先が見つけられなかったこともある。

電気室や機械室の点検のほかにたくさん仕事を教えてもらった。
掲示物をつけたいから壁にフックをつけて、と言われてもコンクリートの壁が相手じゃ画鋲がさせない。
そんなときは電動ドリルでコンクリートビスを先端につけて穴を開けるのだと、教わった。
いつの間にかドアの開閉が硬くなっている入り口のドアクローザのないドアは「フロアヒンジを調整するんだよ」と教わった。
排水がつまり気味の流し台。バキューム掃除機で吸い出してもうまくいかない場合--廊下にある掃除口(廊下に時々ある10cmくらいの
金属の丸いキャップをはずしてフレキシブルワイアー(スネークワイヤーともいう(カンツールは商品名))を使えばよい、ということも教わった。
だから毎日、教わるばかり--つまりこれからしばらくこの職場にいる、と期待されている、という意味でなかなか言い出せなったこともある。

小学生の小俣君は図書室の囲碁の本を勉強しているようで、最初は4目置かして僕が勝っていて
偉そうに教えていたのだが、最近は4目ではかなわなくなり3目になって互角。
僕を追い越すのは時間の問題だと思うのだが、相手していて楽しい。

で、今日は恐れることが生じた。
加藤さんから「どうしようもない時は便器をはずすしかない」と言われていたのだが本当にそうせねばならなくなった。
便器が詰まっている、というのでラバーカップで一度は流れるようになったのだが
2時間後にまた詰まっているという。
そしてまたラバーカップで流れるようにしたのだが、また1時間後に詰まったという。
お手上げ。
加藤さんに報告した。
「そりゃ何か詰まっているな。便器をはずしてみようか」
--ええっ、便器を外す??@_@
--それって便器を手で持ちあげるということでしょ??
「ゴム手袋をすれば大丈夫」
って、ちっとも大丈夫じゃないじゃん。
--どこかの業者にやってもらえばいいんじゃないですか?
「俺たちがその”どこかの業者”なんだよ」
福祉センターの設備の仕事はセンターの職員ではなくて、下請けの僕のバイト先の○△サービスとかいう会社なのでした。

便器を動かすときに気をつけていたのだが、どこから入り込んだのか知れないけど、ゴム手袋の中が濡れている。ゲーーッ!!
手袋のどこかが破れていたのか、それとも・・・??

そう思っている俺を全く知らないような加藤さんは便器の配管類のナットを外して
「便器って陶器だから扱いに気をつけないと割れちゃうよ」と僕に便器を持たせた。
だから便器を運ぶには両手だけでなくて、しっかり”抱っこ”しなければならない。
作業服につけなないように。って、重いから付くじゃないの!!

それから下の水道に持っていって、何と便器を横にして排水側(つまり便器の下から)ホースで水を注入した。
加藤「これはサイホン式だから途中で何か詰まっている場合は逆からじゃないと詰まっているものが流れ出てこないんだよ・・・」
しばらく逆から水を押し流しているとボールペンがコロッと転がってでてきた。
「こういうものを落としてしまったら流さないで拾って欲しいよね。でなければ拾わなくて良いからせめて流す前に連絡して欲しいよね。
普通の人はそのまま水の勢いで流れると思って流しちゃんだよ。おかげでこんなに面倒になる。
でも知らない人は仕方ないよね」
--仕方ないで済むか!
って、たしか昔に僕も便器にトイレットペーバーの芯を流したことがあるのを思い出した。
その時は”流しちまえ」と思った。吸い込まれるような気がしたが、芯の頭が見えたままで
僕はその場を去った。
今から考えると、ボールペンでさえ詰まり、誰かがこんなに便器を外して直さねばならないことを
考えると悪いことをした、と思った。

--でも、便器を掃除するって、バイトの俺の仕事??

そして、加藤さんは何事もないように便器を元の場所に持って行って、ガスケット(Pシールともいう=便器の下のパッキンのようなもの)を
素手で--って、粘土のようなこんなパッキンはゴム手袋じゃできないわな)を丁寧に取り付けて、元に戻した。
そして洗浄水がうまく流れることを確認すると「復帰したね、完了!」と加藤さんは言った。
僕の思いは完了していない。たくさんの人が使っている便器を素手で触るなんて真似できない。
僕にはこのバイトはできない。

俺はその後、一所懸命に手を消毒した。

今日でこのバイトは辞めよう。そう思っている僕の心境を悟ったように加藤さんが言った。
「今日、一緒に飲みに行こうか?」
そのお誘いはちょうど良いかも。今日限りで辞めることも宣言するちょうど良いきっかけだ。
17時過ぎに加藤さんとモツ焼き屋で呑んだのでした。

  ---続く

2009年10月20日 (火)

物語(12) 仕事3日目

今日から電気室と機械室の点検は僕一人だ。
点検に出かけようとすると、係長の机のTELが鳴った。
2Fの女子トイレが詰まっているそうな。
--それって設備の仕事ですか?
「給排水だから設備だよ」
加藤さんはラバーカップ(棒の先に吸盤がついている道具)と真空掃除機(*)を取り出して僕を誘った。

--トイレの詰まりに掃除機?
「便器に何か詰まっていて掃除機で吸い取れる場合がある。床が汚れている場合もな」

*真空掃除機は通常の家庭用掃除機と異なり、バキュームの原理なので吸引力が強い。
 しかもほとんどは水も吸い取ることができる。家庭用と比較して少しサイズ的には大きくなるが
 これまでの家庭用掃除機で満足できない方にはお勧め。価格も¥1万以下がほとんど。

2Fのトイレに到着。
--うっ
便器が詰まっているというより、溢れているでないの。
しかもトイレットペーバーとウンコが床に散らばり水浸し。

加藤さんは当たり前のようにバキューム掃除機で床に散らばった汚物を吸い取った。
「こりゃペーパーの使いすぎだな」
床がきれいになると、ラバーカップの使い方の見本を見せてくれた。
「やってみるか?」
--ええ---っ(;;)
まだ便器の中はウンコだらけなのに・・・オマケニクサイ
僕は仕方なし渡されたラバーカップを動かしてみた。
「自分に跳ね返ってこないように気をつけて」
--そんなこと言われなくても気をつけるよ。
って、ラバーカップを上下していると詰まりが少しずつ直っていくようだ。
もう一息、とラバーカップを引くと、汚物の水が僕のズボンに跳ね返ってきた。
--浴びちゃった(TT)
加藤さんは言った。「着替えもシャワーもあるから心配するな。そうやって慣れていくんだよ。前にいたヤツなんて”俺は人のウンコ掴んだからもう怖いものはないぞ”って言ってたよ。」

これは僕のやりたかった仕事ではない?
こんな仕事誰もやりたくない。
そう思う僕の気持ちを見透かしたように加藤さんは言った。
「みんなが嫌がる事だからお金をもらえるんだよ」
--そうかも知れない。確かにそうだ。だけど・・・

便器の詰まりが直ると水はきれいに流れるようになった。
作業服の着替えを渡されて、シャワーを浴びた。ウンコ水が付着したところは丹念に消毒してから
何度も石鹸でこすった。
--他のバイトを探そう。
僕は加藤さんに今日限りで辞めさせてもらうように言おうかどうしようか考えていた。
とりあえず直ぐに他のバイトが見つかるかどうかは分からない。
せっかく2日間仕事を教えてもらって悪いような気がするけど・・・

シャワー室から出ると加藤さんが立っていた。
「お客さんだよ」
指差した方を見ると小俣君が車椅子に乗って近づいてきた。
「今日、昼休みにまたゲームしませんか?」
--この子との付き合いも今日が最後かも。まあ、いいか。
「今日は何が良いですか?」
--何のゲームでも、とくるか?囲碁なら俺は2段やってやろうか?
--君、囲碁はできるの。
「ルールくらいしか分かりません。TVの囲碁講座を見ていただけで、対戦は加藤さんに2回くらい相手してもらっただけです」
(そういえば加藤さんも囲碁をやるとか言ってたな)
--じゃ、教えてあげるよ。
小俣君は満足したように戻っていった。

それから午前中は電気室と機械室の点検で終わった。

昼休み。
小俣君に囲碁を教えた。
--って、これが3回目の対戦?
碁石を持つ手つきもぎこちないし、定石もよく知らないから1手ずつで考えるが
さすがに勝負勘は良いようで9目(囲碁の用語でハンディ:弱いほうが先に9つの石を置く)おかして
完敗。4目置かせてかろうじて俺が勝った。
--オセロや将棋はともかく、囲碁では負けないよ・・
って思えなかった。この子は直ぐに俺を追い越す。それは分かる。
小俣君の形勢が悪くなった時に涙ぐんでいた。

「金田さん、明日も教えてもらえますか?」
(--おお、”おじさん”じゃなくてやっと金田さんになったか!)
気分が良いのですぐさま
--良いよ。
と答えた瞬間、今日バイトを辞めるのは延期か?と後悔した。

午後は蛍光灯の交換のTELがあって交換した。
--って、交換してもちらついている。
「これ、何とかならないかね?」と職員の人に言われた。
部屋に戻って趙さんに相談した。
「それは安定器だな。交換してみて」
安定器は知っている。だけど僕のやっていた電気工事は新築の家ばかりで
器具と取り付けるだけで安定器の不良は修理経験がない。
僕が不安に思っていると、それが顔に出たのだろうか、
「一緒にやろうか?」
と言ってくれた。

棚には200V40W2灯用の安定器他1灯用が山積みにされているのを初めて知った。
安定器そのものをじっくり見るのは初めてだ。
現場に行く。
「まず、電源を切断する。ショートしないようにテープ巻きは分かるよね?」
--分かります。
え?活線?(他の蛍光灯はつけたままにせねば困るので電源は入ったまま)
僕は慎重に電源コードを切断してテープを巻いた。
それから青・赤・黄のコードを切断し、古い安定器をはずす。
「Bはブルーだから青、Rは赤、Yは黄色にそれぞれつなぐ。」
--で、このHとNというのは何ですか?
「HはHOTだから電源の黒、Nはニュートラル。」
--なるほど、そういうことだったのか。
それを納得してからは、かなり手早く交換ができた。

蛍光灯をさしてみる。点いた!
初めての仕事がうまくいくと嬉しい。
先ほどの職員の人も、「よかったわ~これで」
と言ってくれた。

やっぱりこれが仕事の喜びなんだろうか?

2009年10月18日 (日)

物語(11)--毎日勉強

次の日は当たり前のように福祉センターに行った。
午前はまた加藤さんと電気室や機械室の点検。
ん?加藤さんの教え方が昨日と違うぞ?
実は明日から一人で点検するようにポイントを説明してくれているのだった。

昨日僕とオセロをやった車椅子の小学生--小俣君というのだそうだ--がまた今日も
顔を合わせたら聞いてきた。
「今日も昼休みに遊べる?」
--オセロはもっと勉強してからだ。将棋ならいいぞ。
(中学校時代、実は僕はクラスで一番将棋が強かった)
小俣君は「将棋でも良いよ」とあっけなく答えた。
--あの生意気なガキ
って、彼はどうして学校に行ってないのだろう?

それはともかく、今日は水質検査の日だそうな。
各給湯設備の温度を測る。
なぜなら55度c以上で給湯されていないとレジオネラ菌の発生の可能性があるそうな。

(注:レジオネラはアメリカの「在郷軍人」を表す英語に由来する。
1976年、アメリカ、フィラデルフィアのホテルの冷却塔から宿泊していた在郷軍人が感染した。
本来は土壌中に生息する菌であるが、条件によっては水中にも生息する。水温55度で完全死滅する。)

加藤さん「給水の残留塩素も調べるんだよ。ビル管法では遊離残留塩素の場合1ppm以上ないといけないことになっているからね」
--そんな単位もあったっけな・・・
「ppmはparts per millionの略、すなわち100万分の1だね。」

加藤さん「ボイラーではPH(ペーハー:ドイツ語読み)も測るんだよ。PHってわかる?」
--酸とアルカリですよね?
「そのとおり!potential of Hydrogen水素イオン濃度指数だね」
って、そんなことまで知るか!

とにかく試薬をつかって、館内の給水の塩素濃度もを調べて午前は終わった。

昼休みは久しぶりに、朝、コンビニで買っていった弁当をさっさと食べ、小俣君と将棋をやった。
オセロのときにはよくわからなかったけど、駒を持つ手つきは相当うまそうだ。
--でも、僕も将棋の本は何冊か読んで矢倉戦法とか振飛車とか知っている。小学生相手に負けるはずが・・
って、負けた(TT)
「おじさん、次は僕が飛車角落ちで構わないよ」
--ふざけるな!おじさんって呼ぶな!いくら何でも飛角抜きで負けるはずが・・・
って、手を抜かないで懸命にやったのにまた負けた。
そうしているうちに昼休みが終わって、部屋に戻ろうとしたら職員に呼び止められた。
「このドア、見て。ドアがゆっくりしまらないでバタンと閉まってうるさいのよね」
開閉してみると確かにおっしゃるとおり。でも僕に何をしろというの?知るかそんなもの!
加藤さんに相談してみるか。

部屋に帰ると、加藤さんはいなくて(昨日も午後は顔を合わせていない。何をしているのだろう?)
吉沢係長と趙さんが昼休みを終えようとしているところだった。
係長に
--ドアが急に閉まって、うるさいそうなんです。
と報告すると、隣で聞いていた趙さんが
「ドア・クローザーが劣化しているかもね。油漏れていた?」
--よく判りません。
「ドアクローザーのメーカーと大きさをメモしてきて。」
と言われた。
--そうか、あのドアの開閉部についているのがドア・クローザーというのか。
僕は現場に戻ってドア・クローザーが趙さんの言うとおり油が漏れているのを観察し、
大きさを測ってメモしてきた。

現場で趙さんは、ドアクローザーを確認しながら、「やっぱり交換だな」と言った。
僕は趙さんの手伝いをしながら一緒にドア・クローザーを交換した。
すると新品のドア・クローザにしたらとてもゆっくり閉まる。
趙さんが調整してちょうど良い速さで閉まるようになった。
「ここに調整ダイヤル1と2があるよね。1は90度から15度までの閉まるスピード調整。2は15度から0度までの調整。」
--そういえば僕のアパートの部屋にもドアクローザーがついているはずだ。
家に帰って確かめてみようと思った。
僕と趙さんの仕事が終わりかけると、さっきの「ドアの閉まる音がうるさい」といっていた職員が
近づいてきてドアの開閉を確認すると言った。
「さすがプロね。もっと早く言えばよかったわ」

それから午後の仕事は今日は5Fのフィルター清掃。
趙「エアコンのフィルターを定期的に清掃しないとフィルターが詰まって冷暖房の効きが悪くなる。」
フィルターをはずして来て水洗いして乾いたら元に戻す。
--僕の部屋も、実家もそんなことしたことない。帰ったらドア・クローザと一緒に調べてみよう。

吉沢係長の机の上の電話がなる。
そして係長は指示を出す。昨日から見てきて、どうやら係長は技術屋さんでなくて事務専門のようだ。
だから設備の実務は加藤さんと趙さんでやっているのだ。
で、電話がなったときに僕しかいなかった。
「4Fの男子トイレの水が止まらないらしい。金田君、見てきてくれるか?」
(--ふっ、ふっ、トイレの水が止まらないのは昨日やっていますよ)
(必要なものは、ピストンバルブとマイナスドライバーとモーターレンチ(イギリスレンチともいう)を用意して向かった。
4Fのトイレに行ってみたが、どれも”流れっぱなし”ではない。
ふと、手洗いをみると水がちょろちょろ流れている。水栓を最後まで閉めてみたが本当に止まらない。
--これのこと?できねー
部屋に帰って趙さんがいたのでその旨伝えた。
「コマの下に塵がつまっているか、コマが劣化しているか、スピンドルが磨り減っているかだね」
趙さんは材料の棚からコマ(節水コマと新品のスピンドル(ねじ切りしている棒)と工具を取り出した。
ぼくはただ着いていくだけ。
「ここにバルブがあるんだよ」
と手洗いの下の壁に着いているパネルをはずし、バルブを見せてくれた。
たしかに、手洗いの水栓を交換するにはもっと元で水をとめなくちゃね。
でも、こんなところにバルブがあるなんて普通の人は知らないよ。
趙さんが水栓のスピンドルとコマをはずし、新品と交換するとちょろちょろ流れていた水は
ピタッと止まった。
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その日、僕は家に帰って入り口のドアをゆっくり見た。
確かにドア・クローザーがついていて、速度調整のねじをいじってみると早く閉まったり
遅くなったりする。今まで、閉まる音がうるさくて、最後までノブを持って静かに閉めようと努力していたのは何だったのか?
エアコンのフィルターもはずして見たら、埃で真っ白だった。職場で教わったように水で洗った。エアコンの効きが明らかに違うような気がした。

2009年10月15日 (木)

物語(10)--新しい世界3

午後は趙さんと一緒に仕事をすることになった・・といっても、ほとんどついて歩くだけだ。
最初の仕事は水が流れっぱなしで止まらない便器の修理。
趙さんはチョロチョロ流れの止まらない様子を見て、
「こりゃピストンバルブを換えなくちゃ」といって、機械室の材料のある棚まで僕を連れて行ってくれた。
「便器にはピストンバルブとフラッシュバルブがある」と実物を説明してくれた。
再びトイレに戻って
「まず止水栓を止めないと洪水になっちゃうからな」と配管途中のキャップをあけた。
その中にねじ山がある。そんなところで止めるなんて初めてみた。
考えてみたら、どのトイレもこんな形をしているのだった。

趙さんは慣れた手つきでピストンバルブをはずした。
「この小さな穴にゴミが詰まるとバルブが最後まで降りないで流れっぱなしになるんだよ」
といいながらゴミが他にないのを確認してから新品バルブに換えた。
「どれ、流してみて」
僕はレバーを押したが今度は水が流れない。
趙さん
「止水栓をあけないと・・・」と笑いながら言った。
--あははっ
と僕も笑いながら止水栓を開けてからレバーを押した。
「大便器の水は標準で10秒で15リットル流れるようにするんだ」
僕は頭の中で10秒数えた。そうしたら今度はしっかり止まった。
「これでもうトイレは直せるね」
と言われたけど・・・

それからリハビリ室に行った。
リハビリ室の隣には細長いプールがある。
階段がついていて何でも歩行訓練をするのだそうな。
設備の仕事はそのプールをきれいに保つこと。
そのために水を巡回させてろ過している。
そのろ過する機械を定期的に点検するらしい。
「珪藻土をいれるよ。その前に逆洗浄しないと」
と、また慣れた手つきで機械のレバーを操作していた。

「あと、細かいことは少しずつ説明するから、先に休憩に戻ってていいよ。」
--そういえばもう午後3時か。
と廊下をあるいて戻っていると職員の人に呼び止められた。
「ここの壁にさっき、台車をぶつけてコンセントが割れちゃったのよ。直してくれる?」
見ると確かにコンセントの一部が砕けている。
--はい。
と、僕は設備係の机まで戻って係長に報告した。
吉沢係長は「金田君は電気工事士の資格持っていたよね?一人でできそうかい?」
--まあ、そのくらいなら。
と、休憩時間はどこへ行ったのか、僕は先ほどの機械室の棚にいって
道具箱の中身を調べて、電気部品のありそうな棚を探して、やっとコンセントを探し、
しまった!テスターも忘れないようにしないとな・・・で付け替えた。
--電気の修理もあるとか加藤さんが言っていたけどこういうことだったのか・・・
--とにかく、初めて一人で仕事を終えたのは何となく満足。
そう思いながら片付けていると、さっきの職員の人がちょうど通りかかり、
「ああら、もう直してくれたの。ありがとう!」
と言ってくれた。昔、電気工事の会社で働いていたときは建築中の建物が多かったので
誰にもお礼なんていわれたことなかったので、そんな一言で嬉しかった。。

”仕事とは何のためにやるのだろう”
少しだけ僕にとってのヒントが見つかったような気がした。

それからちょっと趙さんの仕事を手伝うというか見学しているうちに17時になった。
今日は時間が経つのが早い。
帰りに係長から今日の給料を渡された。
本当は日払いでないはずだけど、きっと加藤さんが僕がお金のないのを知って
係長に頼んでくれたんだ、と思った。

--今日はカップラーメンでなくてコンビニの弁当で夕食にしよう。
--缶ビールも1本買おうかな?
と思った自分は、今日だけで辞めるのはいつの間にか忘れて明日も仕事に来るつもりだったことに
気づいた。アルバイトには何となく良さそうな職場だからしばらく続くかも。。

2008年11月29日 (土)

物語(9)--新しい世界2

電気室は受電盤というのがあって一般家庭と異なり、6600Vの電圧が来ているのでした。
電気科を卒業している僕は
--これって自家用電気工作物ですよね?電験(電気主任技術者)の資格が必要ですよね?
と聞いた。加藤さんはさりげなく
「だから俺が持っている」
と答えた。って、僕は電気科卒だから知っているけど電験3種と言えば合格率10%の難関だぞ。
それを加藤さんが持っているなんて・・・加藤さんって何者?

それから機械室に案内された。
暖房・加湿のためのボイラーと冷房のための冷凍機が置いてあり、館内への様々な配管で繋がっていた。
これも工業高校時代に機械の先生から聞いたことがある。
(注:現在は冷温水発生機が主流で冷凍機に換わることが多い)
加藤さんが説明した。
「これで館内の冷房と暖房と加湿をやるんだよ。ビル管法では温度は17度~28度、湿度は40%~70%になっているからね。そういう快適な環境を守るのが我々の仕事なんだよ」
--そんなことどうでも良いや。
と僕は思ったが、仕事ならやらねばならないかも。
ボイラーは触らなくていいよ。法律でボイラーの運転はボイラー技士の有資格者でなくてはならないから。
「でも冷凍機は監督がいれば操作してよいはずだからたまに操作してもらうかも。」
--って加藤さんはボイラーや冷凍機の資格も持っているのか・・
でもボイラーをいじらなくて良いならまあ楽そうだ。

そうして午前中、ゆっくり電気や機械の説明を受けて昼休みになった。

加藤さんは「昼休みなんだから好きに過ごせば良いよ」と言って
奥さんが作ってくれたと思われる弁当をさっさと食べ、さっき誘われた老人の囲碁の相手をしに言った。
僕は、と言えば、最初に僕のことを「おじさん」と読んだ小学生が誘いに来たのでオセロの相手をしただけだった。
って、車椅子のその子はオセロが抜群に強いらしく、最初はまったく僕が歯が立たなくて隅に4つ僕の石を置かせてもらってまた負けた。
--うそだろ
僕はその子の期待にそぐえなかったかも知れない。
その子によれば何でも加藤さんとは互角だそうな。
それが当たり前のつもりで僕とオセロをやったのか……
僕は「申し訳ないな」と思ったりもした。

2008年10月15日 (水)

物語(8)--新しい世界

「まずは電気室と機械室に案内しようか」と加藤さんが言った。
電気室へ行く途中に玄関ロビーがある。
「あ、ダウンライトが切れている。後で倉庫を教えるからFDL27EX-Nを持ってきて交換しておけるか?」
--はい。
電気は確かに設備の仕事だ。なるほど、電球の交換もするわけだ。
「あの車椅子、パンクしているな。自転車と同じだけど、パンク修理したことある?」
そういうのも用務員、いや設備の仕事だから”用務員みたいなもの”というわけだ。
廊下を歩いていると点字のシールが落ちていた。
「ここの点字の案内シールが剥がれたんだ。点字は知らないよね?」
そんなことまで仕事??うーん。
「あとで点字を教えるよ」
アルバイトの僕は覚えるつもりはないのだけど・・・

老人福祉部で一人男性のお年寄りに呼び止められた。
「加藤さん、今日はどう?」
加藤「昼休みなら大丈夫かな?」
僕には何のことだか判らない。それを察したように加藤さんが説明してくれた。
「あの人とは時々、囲碁をやっているんだよ」

障がい者福祉部の部屋の前では、書籍リーダーのトラブルらしく、職員が加藤さんを呼び止めた。
加藤「また調子が悪いの?あとで直しにくるよ」
書籍リーダーとは本をスキャナーで読み込むと、そのまま音声になって読んでくれるソフトらしい。
最近では目の見えない人もそうやって本を読むことができるようになったようだ。
加藤「でもな、(-_-;)とか(*^_^*)のフェイスマークとかは”ひだりカッコ・ハイフン・・・”なんて読むから意味がわからないんだよ。」
なるほど。
そのとなりにあるのが点字ディスプレイ。
点字専用のファイルを読み込むと、ページごとに点字の6点の凸凹が表れ、点字で文章ファイルが読めるらしい。
「それがディスプレイ」の本当の意味だな。」

児童福祉部の前を通ると、僕まで呼び止められた。
「おじさん、今日遊べる?」
--おじさん??俺が??
加藤さんは笑いながら言った。
「あとで時間はあるから遊んであげれば」
--あとでね。
僕は言った。
「加藤さんもあとで勉強教えてね」
加藤「今日は割り算の続きをやるか?」
「うん」

っていうか、加藤さんの仕事って用務員みたいなものってはずだったけど、パソコンや車椅子の修理は判るにして
--子どもの相手とか老人の囲碁相手も仕事ですか?
「仕事というか、趣味というか、とにかく色々なことをやるんだよ」

案内してくれるはずの機械室にたどり着くまでに30分もかかっていた。

ともあれ、僕には珍しいことだらけで、今日だけで辞めるということはなさそうだ。
知らない世界を見ることができるのも面白いかも知れない。

--続く